願うなら、きみが






その後少し話をして、「そろそろ帰ろうか」と教室を出た。

ひとに話すと気持ちに整理がついて、話す前よりもこころが軽くなる。大丈夫になれるのかはわからないけれど、少なくとも数日前の自分よりはいくらか穏やかだ。

八代のおかげ。改めてありがとうを伝えようとしたところで、八代が歩みを止めたから同じように立ち止まった。だけど下駄箱まではまだ距離がある。おかしいなと思いながら八代を見れば、その目はとある方向を見つめていて。


視線の先に俺の目が辿り着く前に、「八代さん、星谷くん」と、名前を呼ばれた。それは、この前まで俺の世界の真ん中にいたひとの声だった。



「先生……」

「帰り? 気をつけてね」



あの日以来、初めて顔を見て声を聞いた。俺と八代を交互に見て笑う。以前と変わらず、普通に。

そんな普通を突きつけられて、ぱりんと、平気だと思っていたこころの外側が割れる音が聞こえた気がした。さっきまでの軽やかさは、一瞬でどこかへ消えてしまったらしい。なんだよそれ、情けない。


全然違った。穏やかになれたつもりでいただけだ。

大丈夫になんて、なれない。



気がつけば隣の八代の手を掴んで、「先生、さようなら」と目も合わさずに小春ちゃんの前を通り過ぎていた。


早くこの場所から出たくて、靴に履き替えた八代の手をまた掴んで、急いで校門を抜ける。とにかく距離を取りたかった。とにかく早く、遠くに行きたかった。





「……あ、ごめん」



だけど、しばらく歩いたところで我に返る。立ち止まって、後悔した。八代を困らせてしまった、と。

だから強く握りすぎてしまっていた八代の手から、自分のを離そうとする。だけど、できなかった。それは八代の手が俺の手をぎゅっと握ったまま離さないからだ。



「八代?」

「……やっぱり、平気じゃないじゃん」



そして、簡単に俺のこころの真ん中を言い当てる。