願うなら、きみが






小春ちゃんの前でみっともなく泣くのは嫌で、その後はすぐに逃げるように立ち去った。傷ついた小春ちゃんを置いていくような、弱い男。まだまだ子供である証。


電車に乗ってぼんやりと外を眺めていたら、窓に反射した自分が映る。駅に着く頃には乾いていたはずの涙がまたこぼれた。

ださくて情けない。でも、もういい。

せっかくの夜の街並みは、最寄り駅に着くまでずっとぼやけていた。







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次の日、目が覚めたのはいつもよりも遅い時間だった。つまり寝坊。ここからどれだけ急いで用意したって遅刻だ。

諦めたように再び目を瞑った。思ったより、胸の真ん中が重たかった。昨日のあれは現実だったのだと思わされる。でもだからって怠けてもいい理由にはならないか、と。せめて2時間目に間に合うように行けばいいかと、目を開いた。

だけど思い出す。あぁ、そういえば今日は現国あったな、って。やっぱり起き上がるのはやめて、目を閉じた。もう、動きたくなかった。


こんなふうに自分はだめになってしまうのかと。情けなくて、涙ではなく笑いがこぼれる。


昨日取りに行った本のページも開く気すら起きなかった。


それを次の日もその次の日も繰り返して、3日目の夕方、スマホにメッセージが。開けばそれは八代からだった。本当は昨日も連絡が来ていたのだけれど、気力が無くて既読もつけていなかったことを思い出す。

昨日は【大丈夫?】、そして今は【明日は来られそう?】と、シンプルな文章が並んでいた。


そういえば八代、もう本読み終わったかな。トーク画面を開いたまま、そんなことが浮かぶ。

〝あの部分良かったんだけど、星谷くんは?〟とか、〝あそこどういう意味!? 解説してほしい!〟とか。

そうやって1冊本を読み終わるたびに、俺に感想やらなんやらを話してくる八代のことが今も簡単に想像できる。


八代のそんな話が聞きたいなと思ったからなのか、ここでようやく、明日は行かなきゃと思えた。今まで無遅刻無欠席だったのもあって、親も心配しているし、いつまでも休むわけにはいかないし。



【行くよ】と、ひと言だけ返信をして目を閉じた。八代から聞きたい話、八代に聞いてほしい話を頭に浮かべながら。