ここでようやく、先生の表情が変わった。丸っこくて大きな瞳が一瞬更に大きくなって、それから諦めたみたいに目を伏せて、寂しそうに笑う。
──あぁ、やっぱり何かあったんだ。
予感が、確信に変わった瞬間。
「……そっか、聞いてるよね。ふたり、仲良いもんね」
「……」
やっと揺れ動いた先生の目を見て、少々胸が痛む。だけどそれでも知りたかった。
これ、星谷くんに知られたらどう思われるかな。なんて説明しよう。いや、ちゃんと正直に話さなきゃ。勝手に先生に聞いたことを謝ろう。
「こっち来て」
「えっ……?」
先生は何かを決心したのか、カウンターの中へ私を手招く。それから「中入ってて」と、小部屋の中に誘導した。初めて足を踏み入れたこの部屋は、想像よりも広かった。
先生も図書委員の子に声をかけた後で、同じように部屋に入ってきて扉を閉める。ドアの内側には、〝図書準備室〟と書かれたプレートがぶら下がっていた。外に付けなきゃ意味無いじゃん、なんて、そんなことをぼーっと思う。
密室に先生とふたりきり。もちろん、こんなことは初めてだった。
好きなひとの好きなひと。変に緊張する。
「……先生は、普通なんですね」
鎌をかけたことを悟られないように、言葉を選んでこちらから切り出した。バレないように必死なのと同時に、ちょっとだけ怖かった。
ふたりのことを知るのは、どんなことでも怖い。私には入ることのできない、ふたりだけの領域だから。
「普通に見える?」
「見えました」
「私、先生だからね」
「そう、ですけど」
「……だけど、本当は普通じゃないよ」
「え……」
いつもはやさしい先生の顔が、一気に曇る。
あれ……泣きそう?
どうして先生がそんな顔をしているのか、足りない脳みそで考えている間に、答えは向こうからやってきた。
「大切なひとの、弟だもん。その子を振って、普通でいられるわけないよ」
それは、予想もできなかった言葉だった。


