「よしよし」

「いい加減にしろって思ってる?」

「そんなこと思わないよ。まぁ、俺は話聞いて、慰めてあげることしかできないけど」

「はは、先輩のそういうやさしいところ、好きです」



先輩の声はやさしい。まるで頭を撫でられているようだ。ずっとこのままでいたいと、そう思わせられる。


なのに。



「ね、ひお」

「はい、」



息が、止まりそうになる。

だって呼ばれて隣を向いた次の瞬間には、どうしてか先輩の匂いに包まれていたから。



「せ、んぱい……?」



何がなんだかわからなくて、そう呟くので精一杯だった。

だけど言葉は返ってこなくて、代わりに先輩の心臓の音が伝わってくるだけ。ちょっとだけ速いように感じるのは、気のせいだろうか。



「先輩……」

「……あ」



今度はさっきよりも大きな声で。するとようやく先輩の耳に届いたのか、言葉をこぼしてすぐに温もりが離れていく。それでも私の中の熱は引いていかずに留まったままだ。



「あー……ごめんごめん。妹が泣いてる時いっつもこうしてるからつい」

「も、もー! びっくりしたじゃないですか! しかも泣いてないしっ」

「はは、ごめん」



びっくりした。びっくりして、自分が今どんな顔をしているのかわからない。

慰めのハグだとしても、ハグはハグ。先輩にはたくさん今まで慰めてもらったけれど、これは初めてだった。



「あ、あ、そうだ、写真撮ろうっ? 先輩せっかくかっこいいから」

「ん」



何かしないとと思って、スマホを取り出す。それから急いでカメラのシャッターを押した。先輩との距離は昨日と同じで、だけど胸の中は昨日とは違ってごちゃごちゃしている。


画像フォルダに保存された写真を見て、思わず声が出そうになった。だって薄暗いけれど、しっかりと私の顔が赤くなっているから。

でもこれは不可抗力だ。先輩にああされたら誰だってこうなる、仕方ない、と。そう自分に言い聞かせて、すぐに先輩に写真を送る。それぐらい何かしていないと落ち着かなかった。

先輩は届いた写真を見て「よく撮れてる」と、ひと言そう言って小さく笑ったから、バレていないのだと思って安心した。


だけど気のせいか、そうじゃないのか。この後先輩は、私の目を1度も見なかった気がする。