ゆっくりと下駄箱へ向かう。ほとんどのひとが体育館や校庭に集まっているため、廊下はとても静かだ。
たくさん装飾されている道をひとりで歩くのはなんだか寂しい。今日で終わってしまうのか。みんなで準備したの、楽しかったな。
「あれ、ひお?」
センチメンタルな気持ちになりながら下駄箱に到着すると、聞き馴染みのある声に呼ばれた。私をそう呼ぶ人物は、ひとりしかいない。
「、先輩」
そこには制服でもなく、パンダの着ぐるみでもなく、袴姿の由真先輩がいた。
「あ、今日はちゃんと衣装着てるんですね」
「どう? まぁ、ひおが着てほしかったの、俺じゃないけどね」
「あーっ、だからそれにしたんですか?」
「そういうことにしておこうかな」
「ふふ、やっぱり先輩が着ると絵になりますね。かっこいい」
「ほんと? ありがと。うちのクラス、仁がいる時に来てくれたんだって?」
「うん。先輩のクラス、めちゃくちゃ顔面偏差値高いね」
「たしかに強いやつ結構いるかも」
先輩と話すとこころが落ち着いてくる。よかった、先輩と最後に会えて。
「ひお、もう帰るの?」
「うん、あーちゃんは仁先輩と一緒だし」
「ねぇ、ひお」
「はい?」
「なんかあったでしょ」
上履きを脱ごうとしたけれど、全部の動きが止まった。
いつも思う。先輩はどうして、こころの中を見抜いてしまうのだろうって。
「……なんで?」
「そういう顔してる」
「先輩、すごー」
「ちょっと話そ」
「でも、先輩後夜祭、」
「着替えたら帰るつもりだったから」
そのまま先輩はとりあえずは何も聞かずに、昨日話した場所まで私を連れていった。
途中、自販機で先輩がオレンジジュースを買ってくれた。甘いより酸っぱさの方が強くて、きゅっと切なくなる。
私が話し出すまで待ってくれている先輩に「先輩」と呼びかければ、「ん?」とやさしく返ってきた。
「知ってますか? 後夜祭のジンクス」
「あー……好きなひととふたりきりで過ごすとってやつ?」
「そう、それ。だから、ちょっと探してみたんです。そしたら、いて」
「じゃあさっきまで一緒にいたの?」
「ううん、いない。だってそのひと、そのひとの好きなひとと一緒にいたから」
たったそれだけのこと。それだけのことで私は、かなしい顔をしてしまうらしい。
わかっていた。だってずっと見てきたのだから。それなのにまだ、私はいちいちこうして少しだけ傷つくのだろうか。


