本棚と本棚の間。そこにいるのが星谷くんと朝倉先生だということは、すぐにわかった。



「仕事もうないから、帰っていいよ」

「そういう意味じゃないです」

「じゃあなあに?」

「先生と話したいなーって思って」

「もう。明日もあるんだから、早く帰りなさい」

「だって最近、こうやって話せてないじゃないですか」



顔は見えていないけれど、わかる。星谷くんがどんな表情で先生のことを見ているのか。


気づかれないうちにここから立ち去らなきゃ。そう思う一方で、聞いたことのない完全にふたりきりの時の会話をもう少し聞いてみたいという嫌な気持ちが、私の足を止めている。聞いたって絶対にいい気持ちにはならないことはわかっている。


星谷くんは、知っていてここにいるのかな。後夜祭のジンクスのこと。

もし知っているのだとしたら、尚更私は邪魔をしてはいけないのに。私は自分のことばかりだ。



「その言い方、誰かに聞かれたら誤解されるからやめなさい?」

「そうだね、先生」



誰が聞いたって、ふたりがただの先生と生徒でないことは明白で。ここにいるのが私だけでよかったねと、こころの中で向こう側にいる彼に投げかける。

今でも好きな元彼の弟。そんな彼にも、先生は普通の先生として接しようとしていることは、今までふたりを見てきてわかった。そして、今この瞬間もだ。


違うのは、星谷くんだけ。


彼の気持ちを知っているからというのが大きいかもしれないけれど、先生に対する気持ちはいつも、眼差しや言葉から滲み出ているように思う。



先生は星谷くんの気持ちに気がついているのだろうか。向こう側から聞こえてくる、星谷くんから放たれる言葉のどれもが柔らかく温かで、〝好き〟とはひと言も口にしていないのに、それがまるで愛の告白のようでくるしかった。


音を立てないように静かに、扉の方へ引き返す。


この場を離れるのは結局、星谷くんのためではなくて自分のためだった。