だけどもちろん泣くわけにはいかないので。
気がつかれないように、へらりと笑ってみせる。
それは星谷くんの前では、普通にできることなのに。
「ひお」
「はい?」
「もしかして何か嫌なことあった?」
「、」
先輩は全部、やさしい顔で見透かしてしまう。ぎゅう、と奥底に沈めたはずの気持ちをすくってしまう。
どうしてこのひとには、わかってしまうのだろう。
「ひお?」
「いや、ないです」
「ふーん?」
アーモンドの瞳が、次第に緩まっていく。頭のてっぺんから足の先まで、やさしいひと。
今だって私が嘘をついたことをわかっていながら、あえてそれを指摘してこない。私が何も言わなければ、これ以上深く追求してくることはないだろう。
先輩のそういうところに、私は結局いつも甘えてしまう。
「……この前」
「うん」
だから今も、言葉が自然とこぼれ落ちていく。
「懲りずにまたぐさっと刺されちゃって、はは。そのことちょっと思い出しただけです」
「大丈夫なの」
「大丈夫ですよ、いつものことだし」
いつものことを、いつまで繰り返すのだろう。こうやって先輩に何度同じことを話すのだろう。
勝手に傷ついて、勝手に悲しんで。
それならもう、いっそのこと。
「……なんか、あれですかね。100パーセント叶わないことがわかってても、好きって口に出した方が楽になるんですかね」
振り向いてほしい。好きになってほしい。
このままの関係で今は充分だなんて、ただの綺麗事だ。それに、そんなことを思っているうちはきっと、ほんの少しだってこっちを向いてはくれない。
わかっている。何もしなければ、このまま終わってしまうこと。
だけどまぁ、そんなことを口にしたところで実行できるわけがないのだけれど。
「ははー、なんて、」
「でもそれって自分が楽になるだけで、相手をものすごく悩ませちゃうかもしれないよね」
言い終わる前に、先輩が目を伏せてそんなことを言う。長い睫毛の向こうで瞳が揺らめいた気がして、困惑した。
「そっちの方が俺はしんどいかも」
「せんぱ、」
「はは、なんてね」
だって、先輩がどうして寂しそうな表情をしたのか。
この時の私には全然わからなかったから。


