──「笑わなくていいのに」
上手く笑ったつもりだった。
だけど無意識に顔に出てしまっていたのだろうか。
「だって笑うしかないって。あのひと、俺の気持ちなんて少しも知らないし」
「じゃあ私の前では、無理にそうしなくていいよ」
教室に戻る廊下の途中。そう言って真っ直ぐこちらを見つめてくるのは、クラスメイトの八代。唯一、俺の彼女に対する気持ちを知っているひとだ。
「そうって、なに」
八代のことは、異性の友達として好きだけれど。俺の心の中を見抜くようなその視線が、ほんの少しだけ苦手で。
「笑ってるのに寂しそうだもん」
「そんなことない」
「そんなことある」
「……はぁ、八代、やだ」
「ほら、図星」
見透かされて、暴かれて。八代の前では、誰にも言わないようなことをぽろぽろとこぼしてしまう。
だけど決してそれが嫌というわけではない。自分の弱さを見せているようで、くすぐったいのだ。
『朝倉先生でしょ? 星谷くんの、好きなひと』
八代にそれを見抜かれた時、そんなに驚かなかった。それはなんとなく、八代にはバレているのではないかと思っていたからで。いつもその瞳に、全部を見透かされている気がしていた。だって本当に、真っ直ぐだから。
嘘をつく選択肢なんて最初からなくて。だから本当はバクバクしていたくせに、なるべく自然に普通のことのように真実を話した。
そうすれば八代は、特別驚きもしなかった。その瞬間、ものすごくほっとしたのを覚えている。
あぁ、本当は誰かに聞いてほしかったんだって、その時初めて思った。
たったひとり、八代にしか話していない秘密。知っているひとがいるってだけで、こんなにも心強いものなのかと。
八代に打ち明けるまで、知らなかった。
「ほんと、やだ」
「やだだって、かなしー」
口では嫌とかなんとか言っているけれど、本当は。
俺は間違いなくあの時も今も、きみという存在に救われているんだ。


