もしかしたら、大事な話をしていたかもしれない。だけど気がついたら先輩の名前を口にして、先輩の元へ足が動いていた。

先輩の目が、その子から私へ向く。



「びっくりした。ひお、帰り?」

「え……っと……」



もちろん、名前を呼んだのだから返事があるわけで。ここで2回目の馬鹿だなぁ、を思う。だって声をかけてからのことは、全く考えられていないから。

どうしよう、と目が泳ぐ。まずは謝罪? それとも自己紹介?


それすらも決められないでいれば、「あ!」と、1年生の子が何かを思い出したみたいな声を放ったので、それと同時に私の思考は止まってしまった。正面から見たその子は、やっぱり可愛らしい顔立ちをしている。



「もしかして、体育祭の! 藤原先輩の借り人の先輩ですか!?」

「え……あぁ……」



「わー! やっぱり!」と、彼女は目をきらきらさせながら私の顔を覗いた。まさかそう来るとは思わず中途半端なリアクションしかできない私とは違って、何やら楽しそうだ。

体育祭の時の、笠原先輩たちに連れられた時とは違って、今のところこの子からは敵対心みたいなものは何も感じない。

……いや、わからない。隠すのが上手い子だっているだろうし。


そもそも先輩とは、どういう関係なのだろう。



「あ、一緒に帰る感じですよね!? めちゃめちゃお邪魔ですね私!」

「えっ、あの、」

「私は去りますので! ごゆっくり! 藤原先輩も、さようなら!」



だけど会話をする隙も無く、本当にそう言い残して早足で行ってしまったので、彼女の本心を見極めることはできなかった。



「行っちゃった……」

「ね、元気だよね」



だったらもう、先輩に聞くしかない。



「……えっと、あの、先輩」

「ん?」

「……今の子は、どういう……?」



だってどう見たって、今日会ったばかりのふたりではないし。そこまでは、まだ大丈夫なのだけれど。

あの子の顔を見たら、八田くんが言ったことが本当になってしまうかもしれないと、怖くなって。


今だってその答えを聞くまで、心臓が不安な音を立てている。