そう思ったらなんだか、先輩に会いたくなってきて。こんなふうに思うのは初めてで、ぐん、と体温が上がった気がした。
だけど、今は文化祭の準備中だ。自分の仕事を放ったらかしにはできないし、そもそも今日先輩に会える確証なんてない。
塗りかけの看板を見て、冷静になる。あぁ、こればかりは仕方ない。今度にしよう、と熱くなったばかりの気持ちを冷まそうとした。
「こういうのって、思い立った時に行動するのがいいと思うけど」
「え」
「筆貸して? 2本使うから」
それなのに、八田くんがそう言ってくれるから。1歩後ろに下がった背中をぐいっと押されたような感覚になる。
だけど、今やるべきことが終わっていないのに途中で抜けるなんて、そんなこと。
「でも、」
「いいからいいから! 八田くんと私に任せて!」
「あーちゃん……」
「あーあ、こうしてる間に、誰かにとられちゃったり」
「こら! 八田くんのばか!」
あーちゃんが私の手から筆を奪って、バケツの中へ入れる。それから大きな瞳が、しっかりと私の目を捉えた。
「ほんとに、ここは大丈夫だから。ほら、そもそも強制参加じゃないし、用事あるひとはみんな帰ってるわけだし」
「……でも、いいのかな、あーちゃん。私、こんなんで」
「先輩は、陽織のどんな言葉でも嬉しいと思うよ」
あーちゃんに両手を握られれば、それだけで気持ちが軽くなる。大丈夫かもしれないと、心強くなる。
「ありがとう、ふたりとも」
自分は傷ついてもいい、だけど、後悔はしたくない。
だったらやっぱり、今伝えに行かなければ。
「……私、行ってくる」
「うん、それでよし!」
「報告よろしく」
「わかった……!」
これが私の答えです、と。


