「それにね、たまに思うんだよね」
「何を?」
「……あの時八代の気持ちに応えていたら、今頃どうなってたのかなって」
「なんてね」と最後にそう付け足して、星谷くんは眉を下げた。だけど実際、それは笑えるような話ではないはずのものだ。
だってもしもそれをもっと前に言われていたとしたら、私のこころはぐにゃりと歪に形を変えていたかもしれない。それくらいのことを、星谷くんは今口にした。
でも、今の私は、今の私には。
「そ、それは……思ってても言っちゃだめなことだと思います……」
「……そうだね、普通に最低だね」
「うん、最低……! 星谷くんのばーか!」
「ごめんごめん、もしもの話だから。でも、言う必要無かったね、ごめん」
最低なそれらだって、少しもダメージにならない。むしろ、笑って冗談さえ言えてしまう。
本心なのか、そうじゃないのか、星谷くんのこころの中はわからないけれど、わからなくてよかったし、どっちでもよかった。だからわざわざそれを聞くこともしない。
そんなもしもの話、きっと意味が無いから。
「ちょっと前の私だったら泣いてたかもね」
「ほんとごめん」
「もー、そんな謝らないでよ」
「だってもう八代のこと傷つけたくないのに、また嫌な思いさせたかなって」
「大丈夫、傷ついてないよ。星谷くんのこと、完全に吹っ切れてるのでね」
すると星谷くんは、懐かしむように、何かを思い出したかのように、まるでほっとしたみたいな顔をした。
「……それは、藤原先輩のおかげ?」
「…………え?」
「八代が前に話してくれたバイトの先輩って、藤原先輩のことでしょ?」
突然の名前に、一瞬聞き間違えたかと思ったけれど、合っていて。
「え……なんで星谷くんが先輩のこと……」
「先輩、図書室に来たんだ」
どうしたって繋がらないはずなのに。理解できずに置いてけぼりのまま、星谷くんは私の知らない話をし始めた。


