願うなら、きみが






それから先生は数秒黙った後、思い出したみたいに、「もしかして、バレンタインの日……」と、私の目を申し訳なさそうに見つめた。


小さく揺れる瞳を見て、今更遅いです、なんて言わないけれど、この際だから全部話してしまおうと思った。



「はは……そうですね。あの日、星谷くんと約束してたんですけど、結局私は選ばれませんでした」

「っ、ごめんなさい……私のせいだ……あのね、星谷くんは何も悪くなくて、私が引き止めちゃって……」

「先生、謝らないでください。もう吹っ切れてるので」

「でも、」

「ほんとに、今は大丈夫です」



それが事実であることをわかってほしくて笑ってみせる。それでも先生の顔は変わらず不安そうで、だからこそ余計、あの日のふたりの間に起きた出来事の大きさが理解できた。

それなのに先生が星谷くんを選ばないのは、やっぱり私にはわからないふたりだけの次元の話なのだろう。



「正直あの日は、ものすごく辛かった。どん底でした。でも、今こうして笑えてるってことは、あの日の全部が間違ってなかったってことだと思うんです」



先生の前であの日の話をしてもこうして穏やかなのは、本当に過去のことになったからだ。過去に、できたからだ。



きっと先生に星谷くんの話をするのは、これが最後だと思うから。



「私、ずっと先生が羨ましかったです。星谷くんのこころの中にはいつも先生しかいなかったから」



思っていたことを、全部ぶつける。先生はそんな私の言葉を、目を逸らさないで真っ直ぐに聞いてくれた。



「だけどもう今はただ、星谷くんが報われたらいいなぁって、こころの底からそう思うから。どうか全部、今の私の話と同じように、受け止めてあげてください」



そう願えるのは、好きだったから。

好きだったひとの幸せを願える日が来るのを、ずっと待っていた。

だけどそんな日は、もしかしたらとっくに来ていたのかもしれない。