先輩は想像通り、席から立ち上がってこちらにやって来た。こうなればもう、黙って立ち去ることなどできない。



「どしたの由真」

「いや、ひおがいるから」



先輩が、仁先輩の隣に並ぶ。すごいなこれ、顔面の暴力だ。



「ひお? もしかして陽織ちゃんのこと?」

「そー」



由真先輩は「へぇ、知り合いなんだ」という仁先輩の言葉に頷いた後で、私と目を合わせてきた。



「ひお、なんでここいるの」

「えっと、友達の付き添いで……」

「あ、もしかしてあーちゃん?」

「うん、あーちゃん」



「こちら、あーちゃんです」と、改めて先輩に紹介した。そうすれば「こんにちはー」と、ふたりが言葉を交わす。もちろん会話をしているところを見るのは初めてだ。

なんだか変な感じがするなぁと思っている間に、「じゃあまた明日ね〜陽織〜」と早々に由真先輩との挨拶を終えたらしいあーちゃんは、仁先輩ときゃっきゃしながら歩いていってしまった。

たぶん、由真先輩がいるから置いていっても大丈夫だと思われたのだろう。その証拠にあーちゃんの由真先輩を見る目が、〝陽織のことお願いします〟と言っていた、気がする。



「行っちゃった……」

「あのふたり、付き合ってんの?」

「いや、付き合ってないです」



「そうなんだ」と、先輩はふたりの背中を眺めている。制服を着た先輩と学校で話すなんてことは珍しすぎて、すごく新鮮だ。

そしてやはり心臓がバクバクと音を立てる。だけどそれは決してそういうドキドキではなく、さっき先輩と話していた女の先輩たちの視線がずっとこちらに突き刺さっているからで。


怖くてそっちの方を見ることはできないけれど、たぶんそれが正解だろう。



「……じゃ、私帰ります」

「帰るの?」

「はい……だってあーちゃんについてきただけなんで」



本当は、圧倒的に怖さのせいである。先輩には言わないけれど。


じゃあまたね、って、先輩がそう言ってくれるのを待っていた。



なのに。



「じゃあ待ってて。一緒に帰ろ」



なんて先輩が言うから。びっくりして思わず「えっ」と声が出てしまった。