「星谷くん、これ返却お願いします」

「ん」



綺麗な手が、私の手から本を受け取った。



「星谷くんの言った通り、面白かった」

「そう。それはよかった」



彼の手に渡った本を、ぼーっと見つめる。自分が触れられたわけではないのに、さっきの一瞬で心臓が音を立ててしまうから困る。だけどそんなこと、目の前の彼はきっと知らない。

ドキドキと胸を高鳴らせたまま目を合わせてみたって、その瞳の中の温度は少しも変わらない。


だけど、それでもいいのだ。だって私にとってはこの時間そのものが、ものすごく大切なものなのだから。


そんなことを考えながらじっと見つめていたら、星谷くんの首がほんの少し傾いた。



「……なに」

「他におすすめ、ある?」

「また?」

「だって星谷くんのおすすめの本、面白いんだもん」



それは本当のこと。だけどそれ以外に、理由がもうひとつ。



「……しょうがないな」

「わーい、ありがとう」



木製のカウンターの向こうにいる星谷くんが立ち上がる。それからこちら側へ回ってきてくれて、隣に並んだ。ふわりと柔軟剤のいい匂いがして自然と口元が緩むけれど、そんな私のことを彼は見ていない。


「こっち」と、素っ気なくそう言って歩き出すその後ろをついて行けば、すぐに本の匂いがより濃くなる。

いくつも並んである本棚の真ん中辺りで歩みを止めたので、私も同じように立ち止まった。

本を選んでいるその横顔を、目に焼きつけるように見つめる。きっとこの視線にだって、このひとは少しもこころを動かされないのだ。


勝手にドキドキしながら待っていれば、星谷くんによって選ばれた1冊が私の目の前にやってくる。



「これは?」

「読んだことない……!」

「じゃあこれ」

「ありがとう、面白そう」

「あ、待って」

「?」



だけどどうしてか、受け取ろうとした本が元の場所へ戻っていく。代わりに、その隣の別の本が私の前に差し出された。



「やっぱりこっち。こっちの方が好きだと思う」

「……」



あぁ、また、積もった。