先輩が申し訳なく思う必要なんて、少しもない。それだけはどうしても、勘違いしてほしくない。
「もー、そう言ってくれるひおがいちばんやさしいね?」
「だってほんとのことですもん。だからもう謝らないでくださいね……!」
「ん、わかった。ありがとうございます、ひおさん」
「……先輩は、たまにはやさしくなくてもいいのに」
すると先輩は、何かを考えるみたいに「うーん」と首を傾げて数秒、閃いたみたいに悪戯な笑みを浮かべた。
「じゃあ、ちょっと意地悪言っていい?」
「な、なんでしょう……!」
「〝ひおにアプローチしたら、ひおは俺に落ちてくれるの?〟」
「、そ、それ……!」
記憶が急に蘇ってきて、瞬く間に頬が熱くなった。この前先輩に言われた時よりも、明らかに。
「あの時のひお、一瞬ぽかんてしててかわいかったな」
「だって……冗談にしてはそうじゃない感じで言うから……」
「まぁ、冗談じゃなかったからね」
あの時冗談ぽくないなぁと思っていたのは、間違っていなかったということだ。プラス、つまり私はものすごく無責任な発言をしてしまっていたのだということに気がつく。
「ごめんなさい……あの時私、無神経なことを……」
「ぜーんぜん。あ、でもそういえば、ぐいぐい行っていいと思うってひお言ってたよね」
「あ……」
顔を覗かれて、微笑まれて。自分の言葉には責任を持たなければとは思うけれど、これ以上はたぶんキャパオーバーである。
「なんて。そんな構えなくて大丈夫」
「い、いや……先輩の思うままに行動していただいて……」
「じゃあ遠慮なく」
「手出して」と先輩が言うので、言われた通りに手を差し出した。そうすれば先輩は私の手のひらに紙を乗せて、それからぎゅっと閉じる。
握らされたのは、さっきの借り物競争の紙。先輩は手を重ねたまま、私の目からも視線を逸らさなかった。
「え、と……」
「あげる。要らなかったら捨てて」
「そ、そんなことはしません」
「あと、1個お願いしていい?」
「、はい」
「俺のこと、いっぱい考えて」
「っ、」
きっと、この瞬間からできなくなったのだと思う。
先輩のことを、前と同じように見ることが。
「……考え、ます」
先輩はもう、ただのやさしい先輩ではないのだ。


