あの後もやっぱり、先輩は普通だった。だから私も普通にしていればよかったのに、どうしてかずっとそわそわしてしまって。
先輩のただの冗談に、見事に調子を狂わされた。
そもそも先輩には好きなひとがいるわけで。本気なわけないのだから気にしなくていいのに、なぜか今でもなんだか思い出してしまう。
顔がいいから絵になりすぎていて、だから頭から離れないのかな。うわ、先輩の顔面、つよ。
「まず前後がわかんない」
「あー……えっと」
先輩だということは伏せて、この前の会話を簡単に話した。そうすれば「もしかして、バイト一緒のあの先輩?」と、簡単に正解を言い当てられてまた驚く。
「っえ、なんでわかるの」
「んー、勘?」
「八田くんは勘が鋭い……と」
「で? 八代さんは何を悩んでるの」
「いや、悩んでるわけじゃないんだけど……なんだったんだろうあれ、みたいな? どうしたいとかじゃなくて……うーん、言語化するのが難しいんだけど……」
すると八田くんは大きなため息を吐いた。なんのため息だろう。でもひとつわかるのは、私は今、ものすごく呆れられているということだ。
「あーあ、可哀想に、先輩」
「え?」
「俺に聞かないで、先輩に直接聞けばいいじゃん」
「えっ、わざわざ? 何を? 冗談なのに?」
「……八代さんって、馬鹿?」
「な!」
「これ以上は俺の口からは言えないわ。頑張って考えるか、先輩に聞くかの2択だね」
「そんなぁ……!」
「俺から言えるのはこれくらい」
呆れられて、その上馬鹿と言われてしまった。原因がわからなくてむっとしたって、きっと何も教えてくれないのだろう。
「……今日は全然やさしくないね」
「べつに元々やさしくないし。はい、早く書いて」
「はぁい……」
八田くんに見張られながら仕方なく続きを書く。その後何度か「馬鹿ってどういう意味?」と聞いたのだけれど、やっぱり「俺に聞かないで」と言われてしまって。
結局何も解決はできなかった。


