──「、はいっ」
八田くんの手に、空のペットボトルを手渡す。そうすれば「いい感じ」と、またそのペットボトルが返ってきた。
廊下を通る生徒たちにたまにちらりと見られて少々恥ずかしい。でもそんなことは言っていられない状況である。
「これを全力疾走でやるんだよね……?」
「まぁ、そうだね。はいもう1回」
さっきから何回も何回も繰り返している。何回目かの「よーいドン」が聞こえて、自然と足が動いた。
近づいて私が合図をすれば、八田くんが手を後ろに出す。そこを目がけてペットボトルを押し込む。
そう、これはつまり、バトンパスの練習だ。
お説教ではなく、私が上手くできるようになるための特訓だった。
「ちょっと……休憩……」
「走ってもできそう?」
「えっと……」
「難しい?」
「……たぶん?」
私の返答で、八田くんの眉間に皺が寄った。せっかく今までいい調子だったのに、やってしまった、と思った。これはよく見る不機嫌そうな時の顔だ。
嫌ならこんなことしてくれなくてもいいのに、というのが正直な気持ちである。クラスの勝利のためだとしても、自分を犠牲にしすぎではないだろうか。
そんなに勝ちたいのか。だけどそんな熱があるようには見えない。ただ単に、自分の前を走るやつがこんなのでむかついているだけか。そもそも私、練習に付き合ってほしいなんて頼んでいないし。もちろん、ありがたいのだけれど。
だったら──
「あの……」
「ん」
「その……迷惑かけるの申し訳ないから、誰かに順番代わってもらえるか聞いてみるね」
「え……なんで?」
我ながらいい提案だと思ったのに。さっきよりも皺が深くなった気がして怖い。せっかく教えてやってんのにってこと? だけどこっちだって、これ以上八田くんの機嫌を損ねたくない。


