最後まで、ずるくてごめん。
でも、これを八代に伝えたくて。
どう思われてもいい。だからどうか、受け取ってほしい。
「……あーあ! 上手くいくと思ったのにな」
「……ごめん」
「楽しかったなー……今まで」
「……俺も、楽しかった」
「でもさ、相手が強すぎた、うん。敵うわけないし」
「八代、」
「だから今度こそ、諦めるね」
「八代……」
「遅くなっちゃったね、はは」
胸が痛い。でも、八代はきっともっと痛い。
「ねぇ、星谷くん」
「……うん?」
「今までみたいに図書室行けないけど、もしまた会ったら、おすすめの本教えてくれる…………?」
「そんなの……当たり前だよ」
「目が合っても、無視しない……?」
「そんなことしないよ」
毎週毎週、飽きるくらいに本を借りにくることも、駅まで一緒に帰ることも、もうない。教室で喋ったり挨拶をしたり、そういうのはあるだろうけれど、今までと同じにはならない。
近かった距離は、きっと次第に遠くなる。
それでも願う、八代の幸せを。
きみがこれから、変わらず笑って過ごせますように、と。
俺には、それしかできないから。
──あぁ、そうだ。全部じゃない。
いちばん大切なことを、まだ伝えられていなかった。だから伝えなきゃ、この時間が終わってしまう前に。
「よし……じゃあ、帰ろっかな」
「ん」
「先行くね」
「うん……」
「バイバイ……いや、また明日ね、か」
「……八代」
「うん?」
八代、本当に――
「ありがとう、好きになってくれて」
これが、伝えたかったもの全てだ。
「も、もー! だから、ずるいって……!」
一瞬目を大きく見開いた後で、八代が笑う。こちらへ大きく手を振って、それから前を向いて歩き出した。
その目に涙は、もう浮かんでいなかった。
八代の小さな背中を、しっかりとこの目に焼きつける。
ありがとう。ありがとう、八代。
ずっとここから願っているから。どうかきみが、幸せになりますように。
こころの底から、誰よりも。
そう思いながら、八代の姿が見えなくなるまでその背中を見つめていた。


