願うなら、きみが


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バレンタインから一夜明けた。

昨日は小春ちゃんの話をずっと聞いて、夜の10時には自分の家に帰った。本当にそれだけで、あとは何も起こらなかった。

目を瞑って寝て、それから朝目が覚めて。冷静になった頭で考えても、昨日抱いた気持ちは変わらなくて。やっぱり八代ときちんと話さなければと、そう覚悟を持って家を出た。


だけど八代は学校に来なかった。たったそれだけのことで、昨日までは当たり前みたいに話せていたのが、随分と昔のことみたいに感じてしまう。

八代が休みなのは自分のせいだなんて自意識過剰なことを思ったりして、悩んだ末にメッセージは送れなかった。そもそも俺に、彼女のことを心配する資格などない。


授業を受けて、休み時間に本を読んでクラスメイトと喋って、あっという間にやってきた放課後。昨日の今頃、なんてことを考えながら図書室の受付カウンターの椅子に座った。淡々と業務をこなしていれば、「本、借りていいですか?」と貸し出し希望の生徒が。



「あ、はい」



バーコードを読み取ろうと手に取った本は、以前八代に選んで借りてくれたもので、つい手が止まってしまった。すると「あの、」と声が降ってきたので「すみません」と見上げる。


さっきはしっかり顔を見ていなかったけれど、目の前のひとは所謂イケメンだった。ミルクティー色の髪の毛がよく似合う、綺麗な顔。


たぶん先輩だ。作業を止めてしまったから話しかけられたのだと、そう思っていた。



「……1年6組」

「はい……?」



なのに、どうやら違うようで。



「1年6組のひと?」

「そうです、けど」



後ろに貼ってある当番表を見たのだろう。だけどそんなことは今まで誰にも聞かれたことがなかったので、不思議なひとだと思っていたら、今度は。



「星谷くん?」



名前を呼ばれて、さすがに驚いた。だって表には名前までは書かれていないし、俺はこのひとと面識もない。


なら、どうして……?



「……なんで」

「やっぱり、そうだと思った」

「だからなんで、」

「八代 陽織」

「え……」

「今日、学校来てる?」

「えっと……」

「来てる?」

「……休み、ですけど」



加えて八代の名前まで出てきて、より一層困惑する。それにどうしてか、さっき本を渡してきた時よりも、このひとの瞳の中が冷めているような気がした。