願うなら、きみが






「落ち着いた?」



時間にして、およそ10分ほど。ようやく涙が引っ込んでくれた。

先輩の前で泣くのは久しぶりな気がして、今更ちょっぴり恥ずかしさが残る。だけどいちばんは、申し訳なさだ。



「……先輩、ごめんなさ、」

「何回言うの。なんもごめんじゃないし」



先輩はやさしさの塊なのだと改めて思う。私はいつも先輩からもらってばかりで、やっぱり申し訳ない気持ちがぷかぷかと浮かんだ。

だからきちんと報告をしなければ、と。さっき食べようとしていたもうひとつのマフィンを紙袋から取り出す。約1ヶ月の集大成。結局いちばん届けたいひとには届かなかったそれ。

手のひらに乗った悲しい物体を眺めていれば、「あ」と先輩は立ち上がってそう言った。それから私の隣に腰を下ろして、「昨日作ったやつ?」と顔を覗き込んでくる。



「はい……」

「ちゃんとひとりで作れてるじゃん」

「でも無意味になっちゃいました」



お父さんもお母さんもあーちゃんも、美味しいと言ってくれた。もちろんそれだけでとても嬉しいし、作った意味が全く無いわけではないけれど。


今私の手の中にあるこれは、完全に行き場を失ってしまったわけで。取り残されてしまったみたいで、見ているだけで苦しくなる。



「じゃあ、ちょうだい?」

「……え」



またちょっと泣きそうになっていれば、先輩が右手の手のひらを私の方へ差し出してくる。

まさかそんなことを言われるなんて思っていなくて驚いた。だって先輩は、このマフィンを飽きるほど食べてくれたのだから。



「だって、ちゃんと意味あるし」

「でも、」

「だめ?」

「だめというか……先輩に食べさせすぎてますし」

「食べたいから食べてたんだよ」

「それに、さっきおっきいため息吹きかけちゃいましたよ」

「いいよ、ひおのため息なら」



先輩はどうやら、これをもらってくれる気満々らしい。