「あらぁ、陽織チョコあげるの〜?」
放課後のバイト先にて。ピーク前のお客さんがいない時間帯、店長の奥さんである美里さんの元へ。
ニコニコ笑顔でそう言われたのは、「来月、バレンタインじゃないですか」と、私がストレートに話を振ったからだ。
「そうなんですけど、えっと……」
「んー? どうしたの?」
「私、お菓子作りが苦手で……」
「あらぁ、そうなの?」
「で、いきなりなんですが、美里さんにお願いが……」
「うんっ、なになに?」
「私でも簡単に作れるレシピがあったら教えてほしくて……!」
そう、私の頼みの綱というのは美里さんで。というのも、ここのお店のデザートメニューのほとんどを考案したのが美里さんだからだ。
身近にいるお菓子作りの得意なひと。いちばんに思い浮かんだ美里さんにお願いしてみよう、と思ったわけなのである。
「もちろん! そんなのいっぱいあるわよ〜」
「ほんとですか……!」
「ほんとほんと。お店終わったら何個かレシピ送る……いや、よかったら一緒に練習してみない?」
「え?」
「店休日でよければだけど。ここなら道具も揃ってるし」
図々しいお願いだと思ったのに、まさかの提案を受けて瞬きの回数が増える。美里さんは「うん、そうしようっ」と言ってくれているのだけれど、すぐには頷けなかった。だってただのバイトにそんなことまでしてくれるなんて、と。自分から頼んでおいて返事に戸惑ってしまう。
そんな私の気持ちを読み取ったのか、美里さんが「ん?」と大きな瞳で私の顔を覗いてきた。
「ごめんごめん。さすがにお節介すぎたかしら?」
「そ、そんなことないです! すごく嬉しいんですけど、そこまでしていただくのは申し訳なくて……」
「あら、そういう心配なら全然大丈夫よ? 毎年バレンタインの時期って無性にスイーツ作りたくなっちゃって、休みの日によくここで作ってるから」
「でも、迷惑じゃ……」
「もーっ、かわいい従業員のお願いが迷惑なわけないじゃないの」
「ねっ?」とにっこり笑った美里さんの目が三日月になる。
そこまで言ってくれているのに、断るのは逆に申し訳ないかも、と。しかもめちゃくちゃありがたいしなぁ、と。
「それじゃあ、よろしくお願いします……!」
「うん、任せて!」
考えた末、美里さんのやさしさに甘えさせてもらうことにした。
のだけれど──


