「星谷くんごめん、おまたせ」
教室で待ってくれていた星谷くんに声をかければ、本から私へ視線が移る。ちょっとだけそわそわしているのを気がつかれないように、普通を装った。
だけど、本を閉じてすぐに立ち上がると思っていたのに、星谷くんはそれをしなかった。しかもなぜかしばらく目が逸れないから、恥ずかしくなって私の方から視線を横へずらしてしまった。
……なんだろう。もしかして、リップが変とか?
いや、あーちゃんが選んでくれたんだもの、そんなわけないと思いながら、「えっと……星谷くん?」と、言葉が返ってこないので私の方から呼びかけるしかなかった。
「あぁ……ごめん。なんか、ふわふわになった?」
「あ、そう……! あーちゃんに巻いてもらったの」
「似合ってるね、それ」
不可抗力だ。その言葉になんの意味もないとわかっていても、ドキリと胸が鳴ってしまうのは。
星谷くんが見ていたのは、私の髪の毛らしい。よかった、どこかが変で見つめられていたわけではなくて。
「ありがとう」と返した言葉は、普通に言えていただろうか。星谷くんに、気を遣わせたくない。
だって私にとってだけじゃなくて、星谷くんにとっても、これからの時間は楽しいものであってほしいから。
目的地までは電車に乗って数分の距離。水族館への道中、その間も何かしら喋っていた。会話が途切れても気まずくなることはなく、沈黙の後でも自然と言葉を交わすことかできる。
星谷くんが私の気持ちを知らなかった頃と、同じように。思っていたよりもだいぶ早く、私はこれに慣れることができたと思う。時間の効果ってすごいなぁ。
「星谷くんは水族館好き?」
「うん。静かでいいよね。年パス欲しいくらい」
「え、それは結構好きだね」
「そうかも。なんか、知らない世界を覗いてるみたいで楽しいんだよね」
それでもやっぱり、知らなかったことを知れると嬉しいのは、まだ私の中に好きが残っている証拠だ。


