いつも、ひおと話すたびに思っていた。
振り向かない相手なんてやめて、俺を見てよって。俺だったら〝好き〟をあげられるよって。
だけどひおもきっと、好きなひとの背中に同じことを思っていたのだろう。
羨ましいよ、心底。本が好きなクラスメイトってことしか知らない、顔もわからない1個下の誰かのことが、すごく羨ましく思えて仕方がない。
「……そんなのわかってる」
「じゃあどうにかしなよ。じゃないと〝やさしいお兄ちゃん〟のまま終わるよ」
「でも困らせたくない」
「わかるけどさー」
仁は俺と違って、好きだと自覚したらすぐに行動できるタイプだ。あーちゃんのことだって、彼女が好きだと仁の口から聞いてから告白をするまで、そう時間はかかっていない。
すごいなぁ、と思う。
「……仁はなんで、あーちゃんに告白できたの」
「なんでって、好きだから」
「それだけ?」
「それだけだろ、普通」
「……まぁ、そうだけど」
「あんなかわいい子、誰にもとられたくなかったから。振られてもいいから、とりあえず好きってことを知ってほしかった。後のことはあんま考えてなかったわ」
「って、何言わせてんだよ」と、仁は手で自分を扇ぐ。即行動ができていない俺からしたら、大袈裟かもしれないけれど仁は尊敬の対象でしかない。
「すごいよね、仁って」と、気がつけば口から勝手にこぼれていた。すると仁は机に肘をつくのをやめて、きちんと座り直す。
「お前がやさしいってことは、陽織ちゃんに充分伝わってるよ。でも、それ以上のことは口に出さないと伝わらないんじゃないの」
耳が痛い。仁の言っていることは、その通りでしかなくて。わかってはいるのだけれど、やっぱりひおの笑顔が頭に浮かぶと、ブレーキがかかってしまう。
「まー、駄目だったらラーメンぐらい奢ってやる」
「そりゃどーも」
だけど、ずっとこのままではいけない。わかっている。仁だってひおだって、きちんと伝えたのだから。俺だけ逃げ続けるわけにはいかない。
それでももう少しだけ、時間が欲しい。
だからひお、お願い。どうかその日まではまだ、やさしい先輩のままでいさせてほしいんだ。
ずるくてどうしようもない俺だけど、その日が来たらちゃんと伝えるから。
たとえその先、もう隣にいられなくなってしまうとしても。


