「えっ…」


 晴斗が席について、まだ数分しかたっていない。


 トーストを一枚口にしただけで、ふっくらと美味しそうに焼けた目玉焼きも手つかずのままだ。


「晴斗、全然食べてないじゃないの…」


 残念そうな母の声がカウンターの奥から届く。


「ごめん。朝はあんまり食欲なくて。残したぶんは帰ったら食べるよ」


「でも、家を出るには、まだ早すぎるでしょう?」


「いいんだよ。それじゃあ、行ってきます」


 晴斗は静かにダイニングを出ていった。


「はぁ…」


 美咲の安心したような息遣いと、母の心配そうなため息が同時に重なる。


 すると母が美咲に顔を向けてきた。


「美咲、あなたまだ、昔の事引きずってるの?」


 ギクリと、肩に力が入った。


「い、一体、何のこと?」


「とぼけても分かるわよ。あなた、晴斗を避けてるでしょ?」


「そ、そんな事ないよ…」


「嘘をついたって、美咲を見てたら誰だって分かるわ?だから、晴斗はあなたに気を遣って先に出て行ったのよ」


「そ、そんな事言われても、私、晴斗に関しては、昔からいい思い出なんか一つもないんだよ?」


「確かに、昔の晴斗はヤンチャで意地悪だったけれど、それももう、10年以上昔の兄妹喧嘩じゃないの!今の晴斗はそんな子じゃないんだから、いい加減根に持つのはやめて許してあげなさい!」


 母は眉をつり上げながらそう言って、美咲に背を向ける。


 な、何なの?

 何で、私が怒られなきゃならないの?

 そのヤンチャな兄に、好き勝手な意地悪をされて泣かされていたのは私なのに!


 心の中でぼやきながら、トーストを頬張り、美咲は鞄を手に取って立ち上がった。