俺は毎日のように放課後の図書室に通った。
少し離れた席から、目まぐるしく変わる美咲の表情を眺めるのが、とにかく楽しくて仕方がない。
けれど数週間後、担任からの勧めでサッカー部の入部が決まった。
これからは気軽に、図書室を訪れる事が出来なくなってしまう。
美咲とはこの先、同じ屋根の下で暮らす事が決まっていたけれど、俺はそれよりも前に、美咲に声をかける決心をした。
もういい加減、自分の存在に気づいてもらいたくてたまらなかったのだ。
母親から電話で聞かされた話によると、美咲は俺の事をそれは本気で嫌っているらしい。
昔、俺に虐められた事を、未だに深く、根に持っているとか。
でも、そんな事は全然気にしていない。
むしろ、どんな形であるにしろ、美咲の頭の中に自分が印象づけられている事が、素直に嬉しいと思えた。
「あの…、ちょっといいかな?」
図書室を訪れる事が出来る最後の日、美咲の椅子に近付いて、横からそっと声をかけた。
嫌いな兄が突然目の前に現れて、美咲がどんなふうに顔を歪めるのかワクワクした。
ところが、美咲はいつも通り、本に視線を落としたままだ。
「……ねぇ、聞いてる?」
そもそも本に夢中になりすぎて、俺の存在に気付いていない?
「ちょっといい?」
「………………」
「話があるんだけど!」
机に手をついて、そう叫ぶと、美咲はやっと俺を見上げてくれた。
初めて、美咲の瞳が自分に向けられた瞬間、俺の心臓は分かりやすく跳ね上がった。
白い地肌に、うっすらと桃色の頬。
黒目の大きい、丸い瞳。
ふっくらとした女性らしい唇。
守ってやりたくなるくらい、華奢な身体。
美咲は幼い頃よりも、ずっと可憐に美しく成長していた。
どんなふうに声をかけるはずだったのかも全てが飛んで、俺の頭は真っ白になった。
この頬に触れるのも、この瞳に映るのも、この唇を味わうのも、この身体を抱きしめるのも、俺一人だけがいい。
頭に残るのは、そんな欲深い言葉だけ。
自分が思っていたよりもずっと、強い独占欲に支配され、理性と葛藤を続けている俺を見て、美咲は不思議そうに首を傾げた。
それから「あっ…」と、何かに気がついたように声を上げた。
やっと、思い出してくれた?
俺の期待に高鳴る胸は、最大限に膨れた風船のようになった。
今にも、割れてしまいそうなくらいだ。
「もしかして貸し出しですか?受付けに置いてある紙に、クラスと名前書いといて下さい。返却は二週間後でーす」
気持ちがいい程あっさり告げて、美咲は手元の本に再び視線を落とす。
「……………………」
そもそも、俺自身の事など全く覚えてなかった美咲。
俺の中の風船は、これまでのプライドと共にアリの巣よりも小さく萎んでいく。
……ふぅん。
いいよ、今はその本に没頭してて。
いつか絶対に、美咲を俺のものにしてみせるから。
だから、その時がきたら、覚悟しておくんだよ。
しつこい男に付きまとわれたって、後で泣いても知らないから。
得意な笑顔を引きつらせながら、俺は黙って図書室を去る。
心に生まれた、リベンジの炎を燃やして……

