前にいた海外の学校では、こんな事は起こらなかった。
毎日毎日飽きもせず、集団で執拗に男を追い回すのは、こっちの生徒の特徴なのか?
廊下の角を曲がると図書室が目に入り、俺はフラリと足を踏み入れた。
広い図書室の中は人がいないのか、シン…と静まりかえっている。
先程の騒ぎが落ち着くまで、ここで時間を潰そうと思い立ち、適当に本を選び、近くの椅子に落ち着いた。
頬杖をつきながら、特に興味もないページをパラパラとめくっていると、クスクスと、小さな笑い声が聞こえてくる。
不思議に思い、辺りを見渡すと、四つ隣の窓際の席に一人の女子生徒が座っている事に気が付いた。
目をキラキラと輝かせて、好奇心をむき出しにしながら夢中で本を読み進めているその横顔。
どこかで見たことがある気がして、ハッとする。
美咲だ。
10年以上ぶりに会う、昔、泣いてばかりいた俺の妹。
泣かせていたのは……俺だっけ?
それにしても本が好きだなんて、俺とは完全真逆だな。
元々身体を動かす事が好きな俺は、そこまで読書に興味がない。
勉強も、自分なりのコツを掴んで、短期集中で一気に済ます。
だから、たった一冊の本に、そこまで没頭出来る人を見るのは初めてで物珍しかった。
一体、どんな面白い本を読んでいるんだ?
天然記念物に指定されている小動物を発見した時のような気持ちで、ジッと見つめていると、次の瞬間、美咲の顔つきがフッと変わった。
急に驚いたような顔をしたかと思えば、怒ったような顔つきになり、そしてクスクスと笑いながらページをめくれば、照れたように頬を染め上げる。
まるで、百面相のようなその表情に、俺は腹の底から込み上がる笑いを、必死で堪えた。
俺の存在など、まるで気が付かない美咲は、その後も分かりやすく表情を変えていった。
「……っ」
かわいい。
俺は、本を立てて顔を隠しながら、クツクツと笑った。
ずっと見ていたくなるような、トクトクと温かな気持ちが胸の中に芽生えると同時に、美咲の視線の先にあるのが自分ではなく、ただの一冊の本だという事に複雑な感情も覚えた。
いつかあの瞳が、自分だけのものになればいいのに。
晴れ渡った空のような穏やかな幸福感と、焦れ焦れとした歯がゆい独占欲が、俺の心に同時に生まれ瞬間。
一人の女性に、こんな気持ちを抱いたのは、初めての事だった。
その日、俺は、一目惚れに近い恋をした____

