意地悪な兄と恋愛ゲーム



 美咲の口元にこぼれた、甘い水滴を指先で拭いながら、晴斗は笑みを浮かべる。


 その仕草と表情があまりにも艶めいているから、初心な美咲はみるみる顔を真っ赤にさせた。

 
 晴斗が嬉しそうに、目を細める。


「あ、赤くなった…」


「なっ!な、な、なっ!」


 赤い顔の色とは違い、頭の中は真っ白だ。


「何!?一体、何の冗談!?」


「冗談じゃないよ」


「でもっ、だって、好きって、晴斗が私を!?ううう、嘘でしょ!?」


 額に手を当てて、美咲はパニックになった。


「これは悪い夢だ…。まだ、学校の屋上で寝てるんだよ、私。早く目が覚めて…お願いだからっ」


 ミイラも晴斗も嫌なら、自分で目覚めるしかないんだ。


 そんな美咲を晴斗はニコニコと満足そうに眺めている。

 それに気がついて美咲は晴斗に尋ねた。


「何?何でずっと見てるの?」


「戸惑ってる美咲も可愛いなと思って。俺がいきなり好きって言ったら、美咲は困るだろうって思ってたけど、想像以上の反応だよ?」


 晴斗はクスクスと笑うと「美咲も俺の事が好きだって勘違いしてしまいそうになる」と呟いた。


「どこが!?」


 勘違いされそうなリアクションをとった覚えなんて、一つもない美咲は突っ込まずにはいられなかった。

 でも、晴斗は顔の表情を変えない。


「俺はこの先、美咲の事だけを甘やかしてあげたい。だから、して欲しい事は何でも言って?」


「全部、叶えてあげる」と、晴斗は美咲の両手を取ってくる。


「…うっ」と、美咲は一気に狼狽えた


 晴斗からのこんなセリフ、お金を出してでも買いたい人、どれだけいるんだろう…。

 晴斗の心を手に入れたい女子生徒なんて、うちの学校に大勢いるから。


 ただ、相手が私なのが間違ってる。

 残念ながら私は、お金を払ってでも晴斗を拒否したい人なんだから。

 
「ま、ま、待ってよ!ねぇ、なんか朝と全然態度違うよね?」


 なかなか離そうとしない、晴斗の綺麗な指を見つめて美咲は言った。


 今朝は、私と仲良く出来ないとか言ってなかった?

 それなのに今は急に態度を裏返して、好きとか言ってきて…


 やっぱり正気じゃないよ、この人。


「朝?」と晴斗は首を捻る。


「私が晴斗を追いかけて声をかけたあの時」


「あぁ、あの時言った事を嘘じゃないよ。俺は美咲が好きだから、今更普通の兄妹には戻れないって言ったつもりだったんだけどね」


「そう言う事?でも、すごく冷たい感じがした」


「美咲が家から、わざわざ俺を追いかけに来てくれて嬉しかったのに、母さんに言われたから仕方なくだと分かって、気に入らなかった…」


「そ、そんな事?」


「そうだね。美咲にとったら、そんな事だね」


 呆れてしまった美咲は、はぁ…と深いため息をついた。


「っていうか、血の繋がった兄妹が恋愛とか、普通に無理でしょ…」


「もしかして、美咲は知らない?俺達に血の繋がりなんてないよ」


「えっ?」


「だって、顔も性格も全然似てないでしょ?」


 美貌の兄と、一般的容姿の妹。
 
 学校の成績も運動神経も、異性にモテるモテないまで、私と正反対を生きているのが晴斗だ。


「俺は父さん、美咲は母さんの連れ子。最初から連れ子同士の再婚だよ」