「っ__!!」


 心臓が止まるかと思った。


 口元を手で覆いながら、今のは晴斗の独り言であって欲しいと願う。


 けれど、その願いは空しかった。


 次の瞬間、晴斗が隠れていた美咲の目の前に現れたからだ。



「は、晴斗…」


「美咲…」


「な、な、何で?」


「それはこっちのセリフだけど?人の会話を盗み聞きするなんて良いことじゃないよね?」


 晴斗は冷静に、分かりやすくため息をついて言った。


「何でこんな事してるの?偶然、居合わせたわけじゃないだろ?」


「そ、それは…」


 友人達の名誉はなんとか守ってあげたい。

 そう思い、なにか言い訳を考えるが、真っ白な頭では何も浮かばなかった。

 大粒の汗だけが額から浮かんでくる。

 
「まぁ、いいや…」


 何も言わない美咲に痺れを切らしたのか、晴斗は諦めたように言った。


「聞かないで欲しいって顔をしてる」


 その言葉に、助かった…と、心の中でホッと息をつく。


「それじゃあ私を、見逃してくれる?」


 美咲は晴斗と向かい合い、そうお願いをした。


「今、見聞きした事は全部、忘れるから…」


 美咲は完全に気を許していた。

 晴斗が頷けばすぐに、晴斗の前から立ち去るつもりでいたのに……

 そして今度こそ、もう二度と関わらないでいようと決意したのに……




「誰が、見逃してあげるって?」



 返ってくるはずのセリフが予想とは違って、美咲は目を見開いた。


 晴斗は、真顔で美咲を見ていた。

 それは、あのマネージャーの子に見せていた優しい顔とは違う。


 目の奥に何か強い願望が秘められていて、射抜かれるような強い視線。

 それが、新しいおもちゃを見つけた、いじめっ子の顔に見えて、美咲の背筋が凍りつく。

 

「俺から逃げられるって本気で思ってる?」


  
 耳元でそっと囁かれた瞬間、手首をグッと掴まれていた。