玄関のドアを開けると、晴斗は靴を脱いで、廊下を歩いて行くところだった。
「晴斗!」
声をかけても、晴斗はそのまま歩いて行こうとする。
どうして…?
行かないで…!
美咲は靴を脱ぎ捨てると、急いで晴斗の元に駆け寄り、制服の先ををつまんだ。
すると、晴斗の足がようやく止まる。
何も言わない。
振り向いてもくれない。
沈黙が苦しい。
耐えられなくなって、指を離そうとした時、ようやく晴斗が振り向いてくれた。
「どうしたの?」
笑顔だった。
いつもの優しい笑顔。
それが、もう痛かった。
久しぶりに喋れて、前と変わらない笑顔を見れて、嬉しいはずなのに痛い。
「あの…」
「うん…」
「あのね…」
さっきの見た?
あれは、誤解だよ。
何で、そんな説明が必要だなんて思ったんだろ。
だって、目の前の晴斗が、その笑顔が言ってる。
俺はもう、美咲の事が、好きじゃないって…
「星が、見たい…」
そんな現実を突きつけられて、ズキズキと疼くように痛む胸の中。
今すぐ部屋に駆け込んで泣きたい。
それでも晴斗といられるこんな時間さえ、無駄に出来なくて、回らない頭の中から捻り出したのは、この言葉だった。
「あ、約束覚えてる?いつか望遠鏡で星を見せてくれるって言ってたよね?」
私を好きじゃなくなった晴斗は、これから彼女を作るのかな?
彼女をこの家に連れてきたり、私や両親に紹介したり、いつの日か結婚なんてしちゃうかも。
それでも私は晴斗がいい。
この家で、家族として、妹として、一緒にいられるその日まで、晴斗といられたらそれでいい。
「そうだったね。じゃあ、今度の土曜日の夜は?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ、準備しとく。10時に俺の部屋に来て」
「…分かった」
私の返事を確認した晴斗が去っていく。
私室のドアが開いて、その足音が消えるまで、私は晴斗を感じていた。

