「美咲ちゃん、落ち着いた?」
結局、美咲はあの後、颯真に家まで送り届けてもらう事になった。
その帰り道。
「はい。先輩、今日はすいませんでした。部活をお休みして、せっかく来てくれたのに…」
「ううん。俺で良かったらいつでも話聞くからね」
「ありがとうございます」
「…恋愛の駆け引きって難しいよね」
「え?」
「よくあるでしょ?押して駄目なら引いてみな、とか。いつも当たり前にあるものが、失いかけて初めてその大切さに気付くものなんだよね」
「俺も経験あるよ」と、颯真は美咲を見てニコリと笑うから、美咲は吹き出してしまった。
「今笑った?酷いなぁ…」と、颯真はクツクツと笑う。
「…なんならさ、俺と仮に付き合って、晴斗を嫉妬させてみる?」
「いいんです。私、そんな器用な方じゃないんで、すぐにバレちゃいますよ」
「そうかなぁ」
「前も、晴斗から逃げるために誰でもいいから彼氏作ろうと考えてる事、見破られちゃった時があって。美咲が俺の前にその男を連れてきて、その男が美咲を、俺がしてやる以上に幸せに出来そうなら諦めるって言われたんです」
「あいつ、重…」と、颯真は顔を引きつらせた。
「そうなんです。しかも、自分の前で相手とキスを100回する事が条件だとか言ってきて」
「あ〜、それは、さすがに逃げたくもなるよね」
「はい。もう、ドン引きでしたよ」
あの時はそう言ってくれたのになぁ。
何で、こうなっちゃったんだろう。
「あ、ここで大丈夫です。うち、すぐそこなんで」
「うん。分かった」
「ありがとうございました。じゃあ、また…」と、美咲が背を向けると、「あ、美咲ちゃん」と腕をとられた。
「先輩…?」
「あのさ、美咲ちゃんが今、晴斗の事しか考えられないのは分かってる。でも俺にチャンスをくれない?」
「チャンス?ですか?」
「うん。俺もいる事、俺も美咲ちゃんを想ってるって事、美咲ちゃんの頭の片隅に入れておいて欲しい」
「先輩…」
「もし、晴斗の事ちゃんと吹っ切れた時がきたら、その時は俺が美咲ちゃんを貰ってもいいかな?」
颯真の真剣な顔つきに、美咲は酷く動揺した。
先輩に掴まれている腕が熱い。
「そ、そんなの、いつになるか分からないし、先輩の迷惑になると思います…」
「いいよ、それでも。これは俺のわがままだから。でも、約束だけさせて?」
「でも…」
「ねぇ、美咲ちゃん。100回のキスよりも1回のキスの重みを知ってる?」
颯真がそのまま顔を近づけてきた。
「あの時、傷つけたぶん、必ず幸せにするから」
泣いて泣いて、傷ついて、優香に抱きしめられた時の胸の震え。
制服のボタンを譲ってもらった時の、甘酸っぱいあの気持ち。
あの頃の全部が今、報われた気になって、美咲は拒絶出来なかった。
小さな足音がした。
誰かいると振り向くと、立っていたのは学校帰りの晴斗。
「晴、斗…」
晴斗は私達を見たあと、何も言わずに無表情で家の中へ入っていった。
今の、見られた…よね?
不安が胸を覆う。
絶対、誤解された…
「先輩、ごめんなさい…」
美咲は颯真から離れると、晴斗の背中を追いかけて、家の中へ急いだ。

