意地悪な兄と恋愛ゲーム


 よし!

 今のうちに、逃げ…!


 ところが、背後で晴斗も既に身体を起こしていた。

 枕元の壁に手をつくと、美咲の行く手を阻むように近づく。

 正面に迫る晴斗は、余裕そうに口角を上げた。 


「ところで、約束の一ヶ月が終わるまで、あと二週間もないくらいだけど、この様子だと、それより前に、美咲は俺を好きになってくれそうだね」


「どこから飛び出た自信?」


「自分の顔に聞いてみて欲しいな」


 分かっている。

 晴斗から見た私は、顔を真っ赤にさせて、強がっているように見えるのだろう。

 自分への気持ちを、いい加減自覚しろと言いたいんだ……



 確かに、昨夜から優しくしてくれた晴斗に、好意を抱いているのは事実だ。


 何度も触れて欲しいと思ったし、実際に抱きしめられてキスをされれば、幸せな気持ちが胸を覆い尽くした。


 けれど朝を迎え、こんなふうに真正面から晴斗と向かい合うと、相変わらず逃げ出したくなってしまう自分がいる。


 晴斗はいつも全力で、私に好意を向けてくれている。

 
 でも私の方は、雷や停電が理由で晴斗に縋りついただけなのかもしれない。


 恐怖心が胸を覆う中で、自分に優しくしてくれる人に触れれば、熱い気持ちが下りてくるのは当然の事。


 それを晴斗がいつも抱いてくれているような好意と勘違いして、流されて付き合っても、今のように晴斗から逃げようとしたら、晴斗はどんな気持ちになるんだろう。


 晴斗との想いの差は、いずれ晴斗を傷つける事になってしまう。


 晴斗を悲しませるのは嫌だ。



「そ、それは、こういう状況に慣れてないだけだから!相手が晴斗じゃなくても、私はこんなふうに顔が赤くなるの!」


「へぇ…。それ、誰?」


 顔をずいと近付けられて、身体がのけぞった。


 晴斗は、俺以外にいるはずかないとばかりの自信たっぷりの顔をしている。


「そ、それは…」


「俺だけだって、認めたら?」


 しばらくの間、沈黙が続いた

 やがて、身体の力が抜けてしまったかのように、美咲はポソッと呟く



「……晴斗は、ピーマンなの」


「……ピ?」


「私、子供の時ピーマンが苦手で、今は少しだけなら食べられるようになったけど…」


「美咲、一体何の話?」


 晴斗は複雑な顔で、美咲を見つめた。


「だから、子供の時のトラウマを克服するのは、結構時間がかかるって事、で…」


「俺は、ピーマン?」


 美咲がコクンと頷くと、晴斗は壁から手を離し、声を上げて笑った。


「……笑わないでよ」


「ごめん。でも、自分をピーマンに例えられたのは初めてで、ちょっと、いや、かなり面白い」


「…でしょうね」


「美咲はやっぱり可愛いな。美咲には俺がずっとピーマンに見えてたんだ。ふぅん、なるほどね…」


 学校でも、あの晴斗をピーマンに見てる人は私だけだろうな。

 晴斗を崇めてる人達が知ったら、マジで殺されそう。


「美咲はピーマンのどこが嫌い?」


「え…、苦いところ」


「でも今は、そんなに苦くない?」


「うん…」


「じゃあ俺も、もう苦くないかもね」


「えっ?」


「知ってる?ピーマンも、よく味わえば甘いんだよ?」


「もう一度、試してみる?」と晴斗が頬に指を添えてくる。


「た、試す!?」


 バンッと、脳裏に昨夜の濃密なキスシーンが浮かび、美咲は驚いて身体を揺らした。

 その拍子に、ベッド脇のテーブルに置いてあった何かに、指をぶつけてしまう。

 小さなピンク色の小箱だった。

 それはコロリと転がり、ベッドから落ちて蓋が外れ、中身が飛び出した。  


「あっ…」


 晴斗は黙って、中に入っていた物を拾い上げると、ジッと見つめる。


「ねぇ、美咲?」


 晴斗の声は、楽しそうな声から、いつの間にか低く重い声に変わってしまっている。

そして、深刻そうに美咲に問う。


「これ、誰のボタン?」


 晴斗の手の平で金色に光るボタン。

 それは美咲が昔、好きだった先輩からもらい、いつまでも大事にしていた制服のボタンだった。