「そいつは偉くてさ。医学部にある薬品を持ち出して、けが人や病人を診てる。何千人も並ぶ列の前で、休みもせずずっと診察を続けてるんだ。」

「そうなんだ。尾上君ってすごいんだね。いつか会えるといいな。」

「…。」

亜季の言葉に一瞬黙ってしまったテツオを見て、亜季は無神経なことを言ってしまったことに気がついた。


うかつだ。

いつも。


この無常な金網で、テツオたちは政府から見捨てられたのだ。再び開放される保証などどこにもない。

「…ごめんなさい。」

「いや、いいんだ。」

テツオはそう言うと、すっかり暗くなった夜空を見上げた。


天は無数の星々がちりばめられて、その中心には真ん丸の月が浮かんでいた。

その場違いなまでに優しい光を見つめながら、テツオはぽつりと言った。