「ああ、もう野球は出来ないな。」

テツオは諦めたようにそう言うと、ひじから下を失った右手を苦笑しながら見つめた。


亜季よりも、本人のほうが何百倍も辛いはずなのに、どうしてこんなに穏やかな表情が出来るのであろう。

亜季は神を呪った。


どうしてただ一心に、大好きな野球に取り組んでいたテツオのような人から、その唯一の生きがいをこんなにまでも簡単に奪うのであろうか。

亜季の頭は混乱し、狂ったように金網に頭を叩きつけた。


激しい痛みが額を襲う。


亜季は青草の上に崩れ落ちると、大声で号泣した。

そんな姿を見てテツオは、申し訳なさそうにぽつりと言った。

「俺なんかのために、こんなところまで来てもらって…。ごめんな、せっかくの里帰りが台無しだな…。」

テツオは右手を失った激痛に耐えながら、優しくそう話しかけてくる。


亜季は唇を噛んでうっすらと血の滲んだ、震える唇をゆっくりと動かした。

「本当。約束の時間になっても来ないからさ、一言文句を言いに来たんだ。」

「そうか。」

食いしばって憎まれ口を叩く亜季を見ながら、テツオははにかんだ笑みを浮かべた。




その笑顔は、あまりにも優しかった。


あまりにもその笑顔が優しいからこそ、亜季の心は今にも破裂しそうになった。