亜季は運転手をかねた車掌に切符を渡すと、朝もやにかすむホームに降り立った。


亜季を乗せてきた、たった一両だけのディーゼルの列車は、このたった一人だけの乗客が降りるのが終わるのを確認すると、静かに扉を閉める。

そして再びゆっくりと動き出すと、徐々に加速してはるか地平線の彼方へと消えていった。


うるさいほどの蝉の声が鳴り響くそのホームには、亜季一人しかいない。


亜季はぼんやりと数歩歩くと、備え付けられた錆だらけのベンチに腰を下ろした。

そこから見える光景は、滑稽なほどあの東京へと旅立った春の日と大きく変わっていた。


所々残っていた雪はとうに消えうせていた。

まだ少し冷たかった風は包み込むような熱さを含んでいた。

生命を感じさせる緑に包まれた山々の枝は、圧倒的な迫力を持って亜季を見下ろしていた。


まるで、テツオと別れたあの日の続きみたいだ。