しかし、高校を出たばかりの亜季の東京への旅立ちに、両親は見送りには来なかった。

町工場を営む厳格な父は、なんの理由もなく東京へ行く娘の行動を理解に苦しみ大反対であった。

そのあまりの剣幕に優しい母親も、玄関先まで娘を見送るのが精一杯だったのだ。

父の目を盗んで、そっと渡された一万円札。

それが、母親に出来る精一杯のことであろう。 


亜季は右手に巻かれた腕時計に目をやった。


後三分ほどで電車はやってくる。

待ちきれないように、亜季がゆっくりと立ち上がった。

すると、精一杯おしゃれをした白のワンピースが、心地よい春風にフワリと揺れる。


「亜季。」

突然後ろからかけられた声。

亜季は驚いて振り向いた。


「なんだ、テツオか。」

白いポロシャツに綿のパンツといった、なんの工夫も無い服装のテツオの姿。

それを見て、亜季は少しがっかりしたようにそう言った。