熱い湿気を立ち上らせる線路の横を、亜季は雨に濡れながら懸命に走っていた。


三十分位は走り続けたであろうか。亜季は悲鳴を上げる心臓を、右手でぐっと押さえながら歩を緩める。

数日前は数える程であった隔離地域へ向かう人影も、日に日に増えていった。


母親に手を引かれていく子供。

大きな荷物を背中に背負って黙々と金網を目指す中年男性。

杖をつきながら必死に歩き続ける老人。


その人たちが会いに向かう相手を想像するだけで、亜季の胸は更に痛む。

亜季は足を止めると、夏の包み込むような雨に打たれながら、恨めしそうに空を見上げた。


自分を打つ雨が憎いのではない。

片腕を失って衰弱するテツオに、容赦なく降り注いでいるであろう雨が恨めしい。


亜季は雨に当たらないように、風呂敷を胸に抱いて背中を丸める。

そして今にも溢れそうになる気持ちをぐっと堪えながら、歯を食いしばって痛む豆だらけの足を動かした。


この足では、伯父の用意してくれたスニーカーでなければ、恐らく今頃歩くことすら出来なかったであろう。



亜季は伯父の気持ちを無にしないためにも、亜季は必死で歩き続けた。