君は大人の玩具という。




助手に入る馬場と高田がデッキをかけ
手術開始の準備が整ったところで、
瀧本が聞こえづらい声でボソボソと言った。


「タイムアウト」

「はい、お願いします」


周りに聞こえるように京子が言うと
タイムアウトを察したスタッフが手を止めた。

それから自己紹介を素早く終え、
瀧本は適当な患者紹介をして
早速メスで切開を始めた。


「タニケット出てる?」

「出してません」

「…なんで?」


瀧本の、人に聞かせる気の全くない声量では、
慣れていない人間はまず何を言っているか
わからない。

だが、京子は反発精神を抑えつつ
器械を渡しながら言った。


「いつも使われないですよね」

「わかってるじゃない」


瀧本とは、こういう男だ。

京子は徐々に思い出してきた
好きになれない感覚を抱きつつ、
極力会話をしないで済むよう
無言で器械を渡し続けた。


「保護液入れまーす」


本来は外科医がすべき声掛けも
このチームは無言で進める。

そのため、京子が声を出して
室内のスタッフに共有するしかなかった。

だがそんな京子の様子を
瀧本は見極めるような目で見て言った。


「君やるねぇ」

「…」

「馬場、来週のに呼べよ」

「なんですか?」

「今俺、馬場に話してるんだよ」

「…すみません」


こういうのには反応したら負けだ。

こんなくだらないことでも、
心が弱い子は自信をなくす。

教授チームの心臓手術につける人が少ないのは、
ほとんどがこういう類の理由だろう。

京子は牧との手術を思い出して
心を落ち着かせることにした。


やっぱり、楽しかったんだな、私…