京子が2人の後についていくと、
空いていた手術室に入って
干場はドアを閉めた。
「どうしたんですか?」
丸椅子に腰かけた細谷と、
手術台に背を預けた干場を交互に見る。
年の離れた2人は、
まるで親子のように目配せをした。
それから干場が口を開いた。
「細谷さんと俺で、
ちょっとした情報収集をしてきた」
「はい?」
「牧先生のことだよ」
細谷が言った。
細谷は温厚そうに見えて、
意外と噂話やゴシップネタが
大好物なことを京子は知っている。
「あの出版社に情報を流した人物と、
そもそもなぜ心外が揃いも揃って
あの時、オペをドタキャンしたのか」
「え、わかったんですか!?」
京子は自分の声に、慌てて口元を抑えた。
もちろん、手術室は防音のため
外に聞こえることはないのだが。
「…」
2人の話を聞き終えた京子は、
どうしようもないやるせなさで
胸がいっぱいになっていた。
「…それ、上に言えないんでしょうか」
「言ったところで揉み消されるに決まってる」
「そう、ですよね」
干場が試すように京子に言った。
「あのチャランポランも、
今回ばかりはお手上げなんだろ」
「さあ、知りませんよ」
「いいのか?それで」
「…どういう意味です?」
京子は半ばイライラしながら言った。
何もできない自分に腹が立っていた。
「お前なら、救えるんじゃないのか」
「そんなの…」
「そういう意味じゃないよ」
細谷が京子を遮って言った。
「復職とかの意味ではなくて。
牧先生の心を救えるのは、
千秋だけじゃないのかな」
「…同情して損したくないんですけど」
「じゃあいいのか?」
干場の台詞とは思えない言葉に、
京子は思わず聞き返した。
「いいって?」
「辞めても」
「…」
言葉が見つからなかった。
牧がいなくなる。
そんなこと、考えもしなかった。
だが、ここまで来たら有り得なくもない話だ。
そこまで考えが及ばなかった自分に、
また腹が立った。



