「べつに大した用があったわけじゃないんだよ。
こっちに帰ったきたって聞いたから、
会いたくなっただけさ」
「秀頼のやつ、余計なことを」
「そんな寂しいこと言わないで、ね?」
そう言ってグラスにおかわりを注ぐ。
渋々グラスを持つその姿が様になるこの男は、
かつて東都南大学病院の麻酔科医として働いていた
牧の大学時代からの同期、藤原雅俊。
アメリカの大学院に進み、
研修を終えて帰国した雅俊は、
今はフリーランスの麻酔科医として
多くの病院を転々としている。
そんな情報を、牧は雅俊の弟である
呼吸器内科医から得たのだった。
「まっさん、たしかうちの心外と仲良かったよね?」
「たまに食事に行く程度だ」
「だよね、だよね!?
ちょこっと、折り入って頼みがあるんだけどぉ~」
「…スパイ行為なら断る。
あのオペの噂ならとっくに耳に入ってる」
「さすが!僕ってもうそんな有名人?」
その時、雅俊のスマホが震えた。
メッセージを開いた雅俊は
表情一つ変えることなく、
キャバ嬢に「あーん」をする牧に言った。
「どうやら、そのようだな」
そう言って見せたスマホには、
ある週刊誌の記事の写真が映されていた。
「…僕の熱狂的なファンがいるみたいだねぇ」
「一足遅かったな」



