京子はただ事ではない、と
牧を見上げて言った。
「呑気な事言ってる場合じゃないですよ!
どうするんですか!」
「ここまでやっちゃったからねぇ。
起きたときに途中でやめました、
なんてあまりにも可哀そうだ」
「それはそうですけど、
でも心外の先生がいないのに…」
「ねぇきょんちゃん」
皆が見守る中、
牧は花枝の肝臓を撫でつつ言った。
「もし僕がこの手術を成功させたら、
いったいどんなご褒美をくれる?」
恥ずかしげもないストレートな言葉に、
「…は?」
と思わず声が裏返った。
そんな京子にはお構いなしに、
牧は続けた。
「僕はね、室田さんをどうしても助けたいんだよ」
その点に関しては、京子も同感だ。
10の病院が匙を投げて、
悪く言えばたらい回しにされてきたのを、
ここで止めてあげたい気持ちはある。
だが、心外がいないのに手術を
成功させるということは、
すなわち消外の医師のみで
血管操作をするということだ。
大出血を起こし、
最悪の場合死に至るほどのことを。
普段やり慣れていないはずの牧が、
血管が専門ではない医師の牧が、
それをしようとしている。
京子は眠っている花枝の顔を見下ろし、
それからまた牧を見た。
眼鏡の奥で、揺るがない決心が見て取れた。
京子はやるしかないのか、と
一つ深呼吸をして言った。
「ご褒美がないとやらないんですか」
牧が目を見開いてから、口角を上げた。
「それもそうだねぇ。
室田さんを救うことが、僕にとってのご褒美だ」
さあ、やろうか。
と意思を固める牧に、
京子はメスを渡して言った。
「まぁ、ごはんぐらいなら、
ご馳走させてあげてもいいですけど」
牧はメスの先から目を反らすことなく
「アハッ」と笑った。
それはそれは嬉しそうに、
そして、その"ご褒美"に気合が入ったようだった。



