その後も渚の干場に対する愚痴は続いた。
それを聞く度に、京子は牧のことを思ってしまう。
なんだか虫の居所が悪い京子は、
「ごめん」と渚の話を遮った。
「牧先生、今どこにいるかな」
「あー、そろそろ2件目に入るんじゃないですか?
たしか、5番で食道裂孔ヘルニアです」
「さすが」
渚は毎日のオペ予定を頭に入れている。
その記憶力には、いつもこうして救われる。
「ちょっと行ってきていい?」
「それはいいですけど、
どういう風の吹き回しですか?
千秋さんから牧先生に会いに行くなんて」
「なんか、心痛くなってきて」
「珍しい。槍でも降るんですかね」
「ちょっと?
私にも人の心ってものはあるの」
「うそうそ、わかってますよ。
牧先生に同情したんでしょ。
ま、私も今回ばかりはそう思いますけどね」
「さすがにね。ちょっと行ってくる」
「はーい」
渚が意地悪な笑みを浮かべるのは気になったが、
京子は切っていたビニールテープを
渚に押し付けて部屋を出た。
「牧先生、一つ貸しなんだから」
渚の呟きは、京子の耳には届かなかった。



