そして胃全摘出術当日。
干場の完璧といっていいほどに気が利いた外回りで
牧は渋々「OK」を出すしかなかった。
特定行為看護師としてなのか、
麻酔科医にすら指示を出したり
薬の投与を提案したりと、
通常の外回り看護師の業務以上の
振る舞いは見られたが、
誰もそれを指摘はできなかった。
なぜなら、どれも患者にとっては
必要だとも思える対応ばかりだったからだ。
たしかに干場の知識量は
日本の看護師のそれを超えていた。
だがそれを示すかのような態度と言動に
不満を持つ者が現れるのも
時間の問題だろう。
とはいえ京子は、器械出しとして、
干場の完璧な外からのサポートを受け
やりやすさを感じたのは事実だった。
だが、渚はどうやら違うようだった。
「私、牧先生の気持ちわかったかも」
「どういう気持ちよ」
「あ、千秋さんを好きとかではなくてですね」
「わかってるわよ」
渚は京子とともに午後からの手術の
部屋準備をしつつ言った。
「干場さんってできる人特有の
鼻につく感じありますよ」
「まぁ、言わんとしていることはわかる、かも」
「たぶんここにいる全員のこと
下に見てると思いますよ。
できない人の気持ちがわからないタイプ」
「実際めちゃくちゃできる人だからね」
「え、先輩、まさか干場さんの味方ですか?」
「味方ってわけじゃないけど」
京子はうまい言葉が見つからなかった。
患者さんが安心に手術を終えられれば
それでいいのではと思う節はある。
だが、今日の胃全摘出術において
外回りである干場が執刀医の牧たちに
術中に言っていた発言を思い出せば、
些か同情の気持ちは沸いてくる。
『ドレーン、もう出しておきますね』
『この創部なら最後これでいいですよね』
『今からこの薬いくんで、
術後の指示気を付けてくださいね』
手技自体はいつもと変わらない牧だったが、
何かが違ったと、京子は今更ながらに思った。
だが、毎回『わかったよー』と
明るく返事をする牧と浅野に
その時は何の違和感も持たなかった。
空気を悪くしないために、
敢えて何も言わなかったのかな…
京子はあんなにうざいと思っていた牧に、
今までにない申し訳なさを感じた。
もっと執刀医をよく見て対応しないと。
執刀医が気を遣うなんて、おかしな話なのだから。



