大切な父の式なのに、猛スピードで流れていく感じがして、現実味がなかった。
今も思い出すだけで泣きそうになる。
艶子は大きな目にギュッと力を入れる。

 広渡は目を穏やかに緩めて艶子を見つめて、小さく微笑んだ。
しかしとても微笑み返せず、目を伏せる。

「お葬式で僕と挨拶したのは覚えていないの?」

「申し訳ございません。私、父が亡くなった時、色々な方にお礼は伝えたはずなのですが、まったく覚えていないんです」

 広渡は一瞬眉を寄せた。
さすがに覚えていないというのは、失礼だったのかもしれない。

「そんなに怯えた顔をしないで大丈夫だよ。ショックだったんだよね、当然だよ」

 艶子は自分がどんな顔をしているかわからなかった。
だが、叔母と美和に虐められている今、艶子は他人の機嫌に敏感に反応するようになっていて、無意識に手が震えていることに気が付く。

「お父さんのこと、残念だったね」

 艶子の目から、涙がポトリと零れた。

「大好きだったんだね」

 そう、艶子を誰よりも大切にしてくれる父が、この世で一番大好きだった。
できることなら父が殺されてしまう一日前に戻って、行かないで!と止めたい。
何度も何度もそう思うけれど、残酷に時間は過ぎていく。

 もっと好きだと伝えればよかった。
もっと抱き締めてもらえばよかった。
――父に会いたい。

 こみ上げてくる悲しい思いを抑えきれずに、涙が次から次へと溢れてくる。
すると広渡は何を思ったのか立ち上がり、艶子の隣に腰を下ろした。

「我慢しないで泣くといいよ」

 そう言って艶子をふわりと優しく抱いて、背中を擦ってくる。
はじめは驚いたけれど、それを拒むほど余裕がない。
艶子は彼の胸に顔を埋め、思いきり泣いた。