「…それで、令月君」

「…」

「君は、私を殺しに来たんだったね」

「…」

「でも私は、君に殺される訳にはいかないし、君を殺すつもりもない」

…それはさっき聞いた。

要するに、勝手に組織に帰って、勝手に殺されろってこと…、

「で、私は君に、第三の提案するんだけど」

「…第三の提案?」

「君、私の味方にならない?」

「…!?」

ナジュ・アンブローシアは事前に心を読んでいた為か、にやにやしたままだったが。

羽久・グラスフィアとイレース・クローリアは、「はぁ…」みたいな顔をしていた。

それどころか。

「絶対そう言うと思った…」

とのこと。

一体どういう意味だ、味方になれって…。

「…二重スパイでもやれって?」

言っとくが、そういう提案なら乗らないぞ。

もし『アメノミコト』にバレたら、どんな殺され方をするか。

「そうじゃないよ。単純に、こっちに寝返らないか、って提案」

「…何で…」

「ナジュ君から聞いたから。君は私を殺さなければいけないのに、今になってもまだ殺せなかった」

「…」

「それは何で?三ヶ月も猶予があったのに、何で今日初めて、イレースちゃんを狙ったの?」

「…それは」

チャンスなら、いくらでもあった。

それなのに、僕が今日に至るまで、何もしなかったのは…。

「…」

「…殺せなかったんじゃない。殺したくなかったからじゃないの?」

「…っ…」

…それは。

認めたくないものを、目の前に突き付けられた気分だった。

そうだ。そうだよ。

「お前達が…悪いんだ…」

僕は悪くない。

僕はいつも通り、仕事をしに来ただけなのに。

「お前達が僕を受け入れるから!馬鹿みたいに優しくするから!僕が見たことのない…綺麗な…色をたくさん見せたから!僕が暗殺者だって、知ってたんだろ?だったら何で、その時点で僕を殺さなかったんだよ!」

「君は私の生徒だから。どんな理由があれど」

「何だよそれは。ばっかじゃないの!?綺麗事ばかり並べて、汚いものなんて何一つ見たことがないんだな、お前は!」

「お前…!」

羽久・グラスフィアが前に出ようとしたのを、シルナ・エインリーが止めた。

「僕の生きてる世界と、お前達の生きてる世界は違うんだよ!僕は任務に失敗した。任務に失敗した暗殺者が、どうやって処分されるのか、お前は知らないから!そんな勝手なことが言えるんだ!」

「…そうだね。私は『アメノミコト』の一員じゃないからね。君がどんな生き方をしてたのか、憶測でしか分からない」

「だったら、口を挟むなよ!僕には僕の世界がある!お前達みたいに、綺麗なものだけで囲まれた世界に、僕はいられないんだ!」

どれだけの血を、この身に浴びたと思ってる。

どれだけの命を、この手で奪ったと思ってる。

生まれたときから、ドブやゴミにまみれて生きて。

毎月やって来る「選別試験」に怯えながら生きて。

何とか必死に生き抜いて、ようやく暗殺者として認められても。

そこも安全な場所じゃなくて。

任務に失敗したら、役立たずの烙印を押されて。

用済みとばかりに殺されて、それで終わり。

僕の人生なんて、そんなものだ。

どれだけ必死に生きたって、すがりついたって、無駄なのだ。

僕の命の綱渡りは、永遠に終わらない。

僕がバランスを崩して、落下するまで永遠に。

そして僕は今、バランスを崩して落下した。

だから、死ぬしかないんだよ。

僕の命なんて、ちっぽけな命なんて。たったそれだけの価値しかない。

ここで生きてる人、優しい世界、色彩に溢れた世界にはいられない。

許されない。