「いや、ちょ、令月君?」

「お世話になりまーす」

ぺこり、とお辞儀。

「いやお世話になりますじゃなくて!」

「とりあえず、窓の掃除から始めよう」

「ちょっと待ってー!」

「何を?」

「それはこっちの台詞だよ!」

何を言い出すかと思ったら。

この家出少年…いや、正確には家出したのではないのだが。

いきなり何を言い出すんだ。

「ここで働かせてって…」

「駄目?無理?この際何でもやるよ?」

その意気込みは買うが。

「あのね、令月君」

シルナは、令月の両肩をガシッと掴んだ。

「君はまだ子供だ。そして子供は、保護と教育を受ける権利がある」

「へー」

そんな他人事みたいに。

お前の話をしてるんだぞ。分かってるのか?

「だったら、ここで保護して教育してよ」

何故そうなる?

この少年の思考回路が、全然分からない。

誰か。誰かナジュを呼んできてくれ。

今こそあいつの性悪魔法の使い時だ。

何で肝心なときにいないかな、あいつは。

「いやでも、君には家族が、」

「いないよ。『お前なんかスタングラーク家の人間じゃない』って言われたし」

それは同情する。

同情するけれども。

「他に僕を受け入れてくれる場所もなさそうだし、折角だからここで働くことにする」

その度胸も買うが。

何故そうなる?

「いや、あのね、働くって言っても…」

「やることないの?」

「…ない訳じゃないけど…」

何せこの学院、四人しか教師がいないからな。

しかも一人は現在不在中。

ついでにそいつは、暇さえあれば人の心を読むという悪癖持ち。

で、もう一人は唯一の女性教師。

事務的な仕事は、彼女がほとんど対応してくれている。

イレースに頭が上がりません。

あとの仕事は、全部シルナ分身が行っている。

でも、所詮はシルナの分身。

本物の人間ではない。

授業を担当するだけでなく、その他学院の管理、雑用、いくらでもやることはある。

何なら、職員室のごみ捨てでさえ、分身がやらなきゃならないからな。

その皺寄せの為に、イレースが頭を抱えていることも知ってる。

「僕、ここで住み込みで働くよ。給料は要らないから、何か雑用させて」

その申し出は、正直有り難いと言えば有り難いのだが…。

「そ、そう言われても…」

「家には帰りたくない。施設にも行きたくない」

令月少年は、はっきりそう言った。

「そんな訳で、今日からよろしく」

「…」

…よろしくって、お前。

開いた口が塞がらないとは、このことである。