この空間は、間違いなくヴァルシーナが勝手に作った、偽物の世界。

僕に幻を見せて、身体じゃなくて、心の方を壊そうとしている。

正しい判断だ。

どうせ身体を攻撃しても、痛いだけで、すぐ再生してしまうのだから。

でも、心の方はそうはいかない。

一度壊れてしまった心は、完全には戻らない。

かつての僕が、そうであったように。

だから、相手にしてはいけない。

こいつらを、まともに相手してはいけないのだ。

それなのに。

「…どうして…?どうして私を殺してくれないの…」

「はぁ…はぁ…」

僕は刃を振るって、偽者のリリスの首を跳ねる。

これで、もう何体目だ。

僕に斬られたリリスの首が、白い床一面に転がっていた。

ひー、ふー、みー…あぁ駄目だ。数えるな。

多分もう、100人は斬ってる。

それでも、相手は幻覚なのだ。

僕がいくら倒しても、向こうはいくらでも量産出来る。

素晴らしい工場ラインだ。

それに、リリスだけではない。

「お前が生きているせいで…」

「お前の身勝手な願いのせいで…」

「お前達が、私達を殺したんだ…」

殺しても殺しても、無限に現れるモブ共。

上手いこと連携取って、心の傷を抉ろうとするんじゃない。

しかも。

「辛いんだよ、ナジュ君…。私、本当に辛いの」

気づいたら、何百体目のリリスが、涙を流している。

やめてくれ。

「私、一人になりたくなかった。だから君に全部押し付けて…。私が背負うはずの罪を、君に背負わせて…」

…やめてくれ。

「お願いだよ、一緒に死んで。死ねないのが、辛いの。ずっと死にたかったの。でも一人で死ぬのも辛くて」

やめてくれ。やめてくれ。

その顔で。

「でも君と一緒なら、怖くないの。お願い、一緒に死んでよ、ナジュ君」

あのときみたいな、その泣き顔で。

「一緒に死んで、楽になろう?私達の罪は、きっともう許されてるんだよ」

僕に、そんなことを言うのをやめてくれ。

「…うっかり」

僕は、何百体目のリリスの首を跳ねた。

信じたく…なってしまうじゃないか。

楽に…なりたくなっちゃうじゃないか。

僕は弱い人間だから。

不死身だとか言って、強がってる振りをして。

本当は誰より傷つきやすくて、だからリリスがいなくなって、心が壊れちゃって。

大勢の人間を殺めて、その孤独から逃げようとして。

そして今。

一緒に頑張ろう、一緒に生きようって、本物のリリスと約束したのに。

こんな偽者のリリスに、泣きながら懇願されたら。

思わず、もう本当に死んじゃった方が楽なんじゃないかなって、思ってしまうくらいに。

僕は弱い人間だから。

「…リリス…」

「ナジュ君、私と…私と一緒にいようよ」

偽者のリリスが、僕に手を伸ばした。

その手を取れば。

僕はきっと、楽になれる。

背負っていた重いもの、全部降ろして。

ねぇ、学院長。

僕、頑張りましたよね?

一生懸命生きて、死物狂いで生きて、生きて。

だからもう、許してくれませんか。

「良いんだよ、ナジュ君。良いんだ」

「…リリス…」

僕は、両手を広げて受け止めようとしてくれるリリスに。

手を、伸ばした。