まずはやはり、ベリクリーデを解放するのが最優先だ。

最悪、サディアスの弓矢に射抜かれても良い。

俺の命と、ベリクリーデの命の重さは、比べるまでもないのだから。

従って。

「さっさと…そいつを離せ!」

俺は、ベリクリーデを咥えている真ん中の首を断ち切ろうとした。

しかし。

「ケルベロス。人質を守りなさい」

主の命令に従うかのように、ケルベロスは真ん中の首を引っ込め、代わりに右の首が前に出た。

俺はその首を切り落としたが、一つの首を失っただけで、真ん中の首は、相変わらずベリクリーデを咥えたままだ。

しかも。

「っ!」

背後から飛んできた弓矢の一本が、俺の背中に突き刺さった。

この野郎。

「私は、年長者を敬うので」

サディアスは、弓矢を構えたまま静かに言った。

「今ここで、あの女を置いて逃げるのならば、追いませんよ」

「あぁそうかい…。そりゃ有り難い申し出だ」

俺も、若者に敬われる歳になったってか?

冗談じゃねぇ。

「お前ごとき若造に…敬われるほど、耄碌した覚えはないんでね!」

俺は背中に矢を突き刺したまま、再びケルベロスに肉薄した。

しかし、サディアスには関係ない。

先程と同じことを、繰り返せば良いだけだ。

「ケルベロス」

サディアスが一言そう言うと、真ん中の首を守るように、左の首がにゅっ、と俺の前に出てきた。

関係ねぇ。

左の首だろうが、右の首だろうが差し出せば良いさ。

「まとめて叩き斬るだけだ!」

左の首ごと、俺はベリクリーデを咥えている真ん中の首を叩き斬るつもりだった。

だが、出来なかった。

背中にサディアスの弓矢を受けながら、更に。

ケルベロスの前足、その鋭い爪が…俺の胸を引き裂いたからである。