学院長室には、イレースもナジュもいない。

俺と、シルナだけ。

シルナは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

今日は満月だ。

俺達を馬鹿にせんばかりの、美しい満月。

「…シルナ」

…こんなとき、俺が俺じゃなかったら。

俺が、前の俺…二十音であったなら。

この傷ついた男の心を、少しでも癒せただろうに。

残念ながら、そう都合良く入れ替わることは出来ない。

「何?」

「今、何考えてた?」

「何も考えてないよ。ただ、満月が綺麗だなーと思ってただけ」

…嘘つきめ。

今すぐナジュを呼んできて、嘘を暴いてやっても良いのだけど。

今回は、その必要はない。

だって、分かってるから。

シルナが何考えてるか。

当ててやろうか。

「…全部自分のせいだ、って思ってるだろ」

「…」

沈黙。無言。

それは、肯定の意味だと思って良いんだよな。

「昼間、会議してるときも、ほとんど黙ってた」

「…今日は、シュニィちゃんが仕切ってくれたからね」

「違う。お前が後ろめたかったから、黙ってただけだ」

「…」

いつもなら、ああいうときは率先して指揮を取る癖に。

シュニィに任せて、自分は喋らなかった。

後ろめたかったから。

自分が撒いた毒の種を、自分の教え子達が刈り取ろうとしているから。

その役目を、押し付けてしまっているから。

それが後ろめたくて、黙ってた。

「…他の誰にも、本音を言わなくても」

気持ちは分かる。

自分を頼りにしてくれてる教え子達がいるもんな。

いつも堂々と、毅然としていなきゃいけないもんな。

だけどさ。

「…俺の前では、せめて本当のことを言ってくれ」

「…羽久…」

「…空っぽの分際で、偉そうなこと言ってるけど」

「君は空っぽじゃない…。君は羽久だ」

そう、俺は羽久だ。

二十音じゃない。

だから、シルナを慰めてやれない。

大丈夫だよって、安心させてあげられない。

そんな自分が、酷く無力な気がしてならない。

「…自分のせいだって思ってたんだろ」

「…そうだね」

ほら。

言わんこっちゃない。