『殺戮の堕天使』、ルーチェス・ナジュ・アンブローシアの捜索は勿論として。

その前に、学院にいる生徒達…そう、約半年に渡って、奴が身を潜めていた1年Aクラス。

この生徒達の心のケアが、俺達にとっては第一優先だった。

考えてもみろ。

ついこの間まで、一緒に机を並べ、共に学んでいた学友が。

その正体が、実は何やら恐ろしい組織から派遣されてきたスパイで。

しかも、ある日いきなりその本性を現し、自分達の命を人質にし。

目の前で教師(シルナの分身なのだが)を殺され。

自分達もまた、いつ『殺戮の堕天使』に殺されるかも分からない、緊迫した状況で、ただ震えながら両手を上げるしかなく。

おまけに、『殺戮の堕天使』と天音の熾烈な戦いを、目の前で見せつけられた。

まだ一年生で、実技の授業もろくに受けていない彼らにとって、どれほど恐ろしい体験だったことだろう。

魔導人形相手ではないのだ。

本物の人間と、人間の争い。

しかも天音は、明確な殺意を持って『殺戮の堕天使』を殺そうと杖を振ったのだ。

実技の授業とは訳が違う。

天音の事情を知っているだけに、無理もないとは思うが。

出来れば、あんな殺し合いを、生徒達に見せたくはなかった。

それも、まだ一年生の生徒に。

結果的には、生徒達に死者は出ず、怪我人も出なかった。

だが、代わりに生徒達は、心に消えない傷を負った。

突然クラスメイトに人質にされ、目の前で殺し合いを見せられたら、誰だって動揺するだろう。

あの後、生徒達の反応は、千差万別であった。

怖い、家に帰りたいと泣きじゃくる生徒もいたし。

目の前で起きた現実が受け入れられず、何を言われても、ただ茫然自失としている生徒もいた。

逆に、興奮して、取り乱し、訳の分からないことを怒鳴り散らす生徒もいた。

あんなことが起きれば、そうなるのは当たり前だ。

堕天使だか何だか知らないが、あいつは本当に、ろくでもないことをしてくれた。

最悪、そのまま精神を病み、退学を余儀なくされる生徒まで出てもおかしくない。

俺もシルナも、普段は厳しいと評判のイレースでさえ。

今回ばかりは、ただただ生徒達を慰め、宥め、優しい言葉を繰り返した。

もう大丈夫だから。あとのことは、大人達に任せておけば良いから。もう心配しなくて大丈夫、と。

とにかく、彼らには心の整理をつける時間が必要だ。

1年Aクラスの生徒達は、しばらくの間、休学ということで授業を休ませることにした。

実家に帰りたいと言う生徒は、特別に帰省も許した。

聖魔騎士団にも協力してもらって、遠方に帰省する生徒を、実家まで送ってあげた。

保護者達にも、事情を説明する文書を送った。

その結果、「そんな不祥事を起こす学院に、我が子を通わせることは出来ない」と退学させられても、こちらとしては文句は言えなかった。

こちらは平身低頭、ただ謝るしかない立場だから。

そして。

生徒達は皆一様に傷ついていたが、その中でも特に。

一人だけ、酷く取り乱している生徒がいた。