「現場」には、既にイレースが着いていた。

放送を終えてから、すぐに駆けつけたのだろう。

杖を向けて臨戦態勢であるが、しかし、攻撃は出来ずにいた。

イレースは、その性格的にも、敵とみなした相手に容赦はない。

学院に侵入し、生徒の身を脅かさんとする者に、攻撃を躊躇う彼女ではないはずだ。

それなのに、彼女は杖を持ちながら、動けないでいた。

その理由は、すぐに分かった。

「はぁ…はぁ…」

攻撃するまでもなく、敵が既に満身創痍だったからだ。

「不審者」は全身傷だらけで、藪から拾ってきたような木の棒を杖代わりに、何とか立っている有り様。

彼の通ってきた廊下には、ポタポタと血の雫が落ちていた。

魔導師でない一般人でも、簡単に捩じ伏せてしまえるのではないか。

これでは、赤子相手に杖を向けているようなもの。

イレースが躊躇うのも、無理はなかった。

「…」

シルナはその様子を見て、しばし考え。

そして。

「…イレースちゃん。生徒のケアをお願い。皆不安がってるだろうから」

静かに、イレースにそう指示した。

「ですが、学院長…」

「ここは大丈夫だから。生徒を守ってあげて」

「…分かりました」

イレースは杖を収め、身を引いた。

恐らく、また放送室に向かったのだろう。

「不審者」は確保したから、もう大丈夫だ、と生徒に伝える為に。

…で、俺とシルナは。

「…君は、誰?」

「…」

「何をしに、ここに来たの?」

「…い、けんじゃ…に」

彼は、掠れる声で答えた。

「イーニシュフェルトの…聖賢者…。シルナ・エインリーに…」

絞り出した声は、そこで途切れた。

最早限界とばかりに、彼はその場に崩れ落ちた。

「…!」

シルナは、慌ててその身体を受け止めた。

「…」

俺は、シルナと顔を見合わせた。

…これはまた、波乱の予感がするな。